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マイノリティが強いられている「多数派への配慮」とは?~「LGBT理解増進法」の制定過程から考える

神谷悠一(LGBT法連合会事務局長)

 一方で、多数派に「配慮」すべきという議論からは、いわゆる配慮義務が想起される。例えば育児・介護休業法における配慮義務は、子の養育、家族の介護を困難とさせる配転について、子の養育や家族の介護の状況に「配慮」することを事業主に義務づけている規定で、裁判などで一定の実効性を発揮すると考えられる。
 このように、努力義務よりも法的効力が強く、一定の実効性を伴う配慮義務規定を、多数派にのみ恩恵が及ぶ形で持ち込まれたとしたら、理解増進法は極めてアンバランスなものになっただろう。性的指向や性自認を理解する施策については実効性の乏しい努力義務のみ定める一方で、マイノリティにとってのみ、より実効性が強いマジョリティへの配慮義務が置かれる形となるためである。
 前述したような、実質的にマイノリティが不利益を被りやすく、マイノリティこそ配慮を強いられている社会状況を踏まえれば、これがより歪なものとして見えてこよう。マイノリティが既に社会から受けている不利益性をより強化し、更なる配慮を法で義務づけ、相対的にマイノリティを更に困難な立場に追いやる法制度となるからである。

必要なのは個別の当事者の事情を考慮した対応

「多数派への配慮」が、冒頭で榛葉幹事長が言及したような、女性用施設におけるシスジェンダー女性の「不快な思い」の解消につながると主張されたとしても、歪な法制となることは変わらない。
 なぜなら、(そもそも理解増進法と施設利用は関係がないことが条文上や国会答弁から明らかであるが)既に公衆浴場などの男女別の施設で、利用に関し一定の整理が可能なところについては、公衆浴場法第三条1項に基づき厚生労働省により男女は「身体的特徴をもって判断する」という見解が示されているのである(註12)
 このほか、トイレなどについては、例えば経済産業省に勤務する職員(性同一性障害と診断され、女性として社会生活を送っている)に対する女性用トイレの利用制限をめぐる最高裁判決が好例となるだろう。この裁判は、職員が最寄りの女性用トイレの使用を制限され、別フロアの女性用トイレを使用させられてきたことに異議を申し立てたものである。判決においては、職員が別フロアの女性用トイレを使用しても特段のトラブルが生じなかったことに鑑み、「具体的な事情を踏まえることなく他の職員に対する配慮を過度に重視し、上告人の不利益を不当に軽視する」経産省や人事院の判断が「著しく妥当性を欠いたもの」とされており、この趣旨を更に敷衍する補足意見も付けられた。
 このように、「シスジェンダーの女性がトイレや浴場、更衣室」で「不快な思い」ないし「不安」を抱えると指摘される問題を取り出したとて、少数派に対し「配慮」を強いるのではなく、具体的事情に即して、ともすれば軽視されがちな個別の当事者の不利益をしっかりと汲み取って対応すべきである。
 にもかかわらず、他の教育、職場、公共サービス等々のさまざまな問題と混ぜ込んで、理解増進法全体に影響の及ぶ「多数派への配慮」を規定することで対応しようとすることが、いかに乱暴であるかは言うまでもない。

理解増進法第十二条に盛り込まれた「全ての国民の安心」とは?

「多数派への配慮」条項は大きな批判を浴び、一部野党提出の法案には盛り込まれなかった。しかし代わりに「この法律に定める措置の実施等に当たっては、性的指向又はジェンダーアイデンティティにかかわらず、全ての国民が安心して生活することができることとなるよう、留意するものとする」という条項が、法全体に影響を及ぼす形で、第十二条として新たに盛り込まれた。
 法律は立法の過程における議論が解釈に影響するものである。ゆえに、この条項が「多数派への配慮」の議論の末に出てきたことは、マジョリティの安心なくして施策を実施できないものとする、形を変えた「多数派への配慮」条項ではないかという批判を招いた。この条項は最終的に与党案にも取り入れられ、成立したことから、懸念はさらに根強いものとなっている。
 ただ、法案提出者はこのような懸念を踏まえてか、国会審議という公式の場において、第十二条は第一条や第三条を強調するために入れた留意事項であり、「留意事項が入ったことによって自公原案から法制上の意味や法的効果が変わるものではありません」と答弁している。国会審議における法案提出者の答弁は、解釈に対してより強く影響をもたらすことから、第十二条は「多数派への配慮」ではなく、前述の通り基本的人権の尊重や不当な差別はあってはならない、人格と個性を尊重し合うと謳っている第三条の強調であることが明確になったといえる(註13)

今後の展望

 しかし、上記のような国会答弁、法解釈を踏まえず、一部政治家の間で、第十二条は「多数派の安心」を施策の前提とする規定であると主張し、法の「適切な運用」などと言って施策の推進を妨げる動きも見られる。これらは、法の「適切な運用」を考える上で、国会の法案提出者の答弁に反する「不正確」な見解となることは、ここまで述べてきた通りである。
 また、性的指向は自ら選択可能、自ら変えられる、あるいは「教育で誘導できる」ものであるかのような言説や、性同一性障害は幻想であって存在しない、などといった極端で科学的知見を無視した言動も未だにSNS上などでは見られる。そして、それらに影響される政治家も残念ながら散見される。
 こういった、議論の残滓としての言説の影響を受けることなく、まさに「全ての国民が、その性的指向又はジェンダーアイデンティティにかかわらず、等しく基本的人権を享有するかけがえのない個人として尊重される」社会に向けて、本稿に示したような実態を踏まえ、国、地方公共団体、事業主(企業等)、学校設置者が、それぞれ積極的に取り組むことが求められている。

著者情報

LGBT法連合会事務局長

神谷悠一

かみや ゆういち

1985年岩手県生まれ。早稲田大学教育学部卒、一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了。LGBT法連合会事務局長、内閣府「ジェンダー統計の観点からの性別欄検討ワーキング・グループ」構成員、兵庫県明石市LGBTQ+/SOGIE施策アドバイザー。これまでに一橋大学大学院社会学研究科客員准教授、自治研作業委員会「LGBTQ+/SOGIE自治体政策」座長を歴任。著書に『LGBTとハラスメント』(集英社新書、2020年)、『差別は思いやりでは解決しない ジェンダーやLGBTQから考える』(同、2022年)、『検証「LGBT理解増進法」 SOGI差別はどのように議論されたのか』(かもがわ出版、2023年)がある。

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