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サイエンス

蚊の季節に、この小さな敵を知る

あまりにもうっとうしい超軽量級の害虫に迫る

葛西真治(国立感染症研究所 昆虫医科学部第三室 室長)

 蚊が吸血するのにかかる時間は、種類によって違います。一般にヒトスジシマカは1~3分程度、アカイエカではもう少し長く、5分程度かそれ以上かけて吸血しますが、同じ種類でも個体差があります。多くの人がもつイメージとしては、目に見える1本の針のような口が皮膚に刺さって吸血されるというものだと思います。
 しかし、実際にはこの口器はさらに細く6本の構造物からなる刺針部と、それを収納する鞘(さや。下唇とも呼ばれる)からなっています。刺針部には血液を吸い取るストローの役目を果たす管や皮膚に穴を開けるドリルの役目をする器官が含まれます。鞘は吸血時にくの字にたわんで刺針部を支え、それ自体が皮膚に刺さることはありません。肉眼で見える針のような口は実際には皮膚に刺さっていないのです。ドリルの役目を果たす器官には微妙なギザギザがあり、これを振動させて口針を差し込むことで痛みを与えることなく血管を探ることができます。吸血時には唾液(だえき)が注入されますが、この唾液の働きは痛さを和らげるというよりは、むしろ血管を拡張させるとともに血液の凝固を抑制し、吸血させやすくしていると考えられます。最近では蚊の口の構造をまねて、刺しても痛くない注射針が開発されています。
 蚊に刺されてかゆくなるのは、吸血時に注入される唾液に対するアレルギー反応が引き起こされるためです。引っかいてできた傷に細菌が入ることで、水ぶくれができ、さらにかゆみをもつ「とびひ」になる可能性もあります。この細菌は感染力が強いため、体の他の部分に広がったり、接触で他の人に移すこともありますので、蚊に刺された場合はかきむしらず、ひたすら我慢するか、抗ヒスタミン入りのかゆみ止め薬をつけるなどして対処することがすすめられます。

刺されやすいのはこういう人

 血液型と吸われやすさについて聞かれることが時々あります。これまでに報告された関連論文をひも解いてみると、O型の人が一番吸われやすいという研究結果がいくつか見つかります。しかし、これらの論文には、実験の信頼度を示す実験誤差が示されていなかったり、示されていても大きかったりして、確信がもてるものではないように個人的には感じています。O型血液は他のどの血液と混ざっても凝集しないため、蚊にとってリスクが少ない。だから、蚊はO型を好んで吸血する、というもっともらしい解釈もできなくはありませんが、もしそうであれば、他の血液と混ざったときに凝集してしまうリスクが最も大きくなるであろうAB型を回避するような傾向が出ると考えられます。しかし、過去の論文の結果はそうなっていません。
 今のところ、血液型を判別することによって蚊が受けるメリットは、科学的に説明できるものがありません。
 多くの蚊の誘引源として共通するのは二酸化炭素と熱です。あとは吸血源動物の体臭が関与します。夏の夕方(ヤブカの活動時間帯)、激しい運動をした後(呼吸=二酸化炭素、汗=体臭)、ビール(炭酸=二酸化炭素)でも飲みながら庭でバーベキュー(熱、二酸化炭素)などという状況は、蚊にとっては鴨がネギをしょってやってくるようなものです。

ただ嫌われるだけでもない

 多くの人々にとって「不快」で「うっとうしい」蚊ですが、中にはその美しい外観ゆえに蚊の専門家から好かれるような種類もいます。キンパラナガハシカという、竹やぶなどに生息する蚊は腹部が金色に輝き、頭頂部が瑠璃色に装飾された非常に美しい形態をしています。専門家の中にはこのグループの蚊を好んで収集する人たちもいるのです。
 また、蚊は生態系を支えるうえでも、非常に重要な役割を担っています。たとえば、食虫性のコウモリは一晩に数百匹から多いときで1000匹以上もの蚊を捕食しているといわれています。ヒナコウモリの仲間でフロリダに生息する集団は、年間に15トンもの蚊を捕食していると予測した調査結果もあります。蚊はこれらコウモリをはじめとして、昆虫類を捕食する生物の生命維持に重要な役割を果たしているのです。あまり知られていないことですが、コウモリは世界で1000種近くが報告され、これは哺乳動物全体の実に4分の1に相当します。
 仮に蚊がこの世からいなくなり、それとともに哺乳類の4分の1が地球上から姿を消してしまった場合を想像すると、蚊の存在の大きさが理解できるのではないでしょうか。そう考えると、あなたが今晩受けるかもしれない蚊の一刺しなんて、ほんのささいなこと……というわけにもいきませんかね(笑)。

著者情報

国立感染症研究所 昆虫医科学部第三室 室長

葛西真治

かさい しんじ

1970年生まれ。筑波大学大学院農学研究科博士課程修了、農学博士。アメリカ・コーネル大学博士研究員を経て2000年から国立感染症研究所研究員となり、主任研究官を経てコーネル大学客員研究員を務めたのち、現職。蚊、ハエ、ゴキブリ、シラミのように病気を媒介する衛生害虫の防除対策や、殺虫剤抵抗性分子機構の解明と抵抗性のモニタリング、殺虫剤の新規作用点の探索などを研究。著書に『分子昆虫学 ポストゲノムの昆虫研究』(共著、共立出版、2009年)、『招かれない虫たちの話』(共著、東海大学出版部、2017年)などがある。

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