ジカウイルスの脅威は封じられるか
葛西真治(国立感染症研究所 昆虫医科学部第三室 室長)
デング熱や黄熱に長年苦しめられてきたブラジルでは、長年、蚊取り線香と同じグループのピレスロイド系の殺虫剤が使われ、その結果、抵抗性の蚊が選抜され、殺虫剤が効きにくい状況になっています。筆者たちも3月にブラジルで採集されたネッタイシマカを調べてみたところ、抵抗性遺伝子が高い頻度で検出されました。
ブラジルでは、数年前から遺伝子操作によって作出した特別なオスの蚊を野外に放ち、そのオスと交尾したメスの子孫が羽化する前に死に絶えるような仕組みを作って、蚊を減らす試みが行われています。別の研究グループは、蚊のウイルス耐性を高めるボルバキアという共生細菌を使い、野外の蚊をデングウイルスが媒介できない性質にする試みをしていますが、いずれも劇的に効果を上げたという報告はありません。
また、このような対策法は、島のように他から新たな蚊の侵入がない隔離された場所でないと効果が見込まれにくいという指摘もあります。
個人的にどう防御するか
蚊媒介性ウイルス感染の可能性がある場所へ出かける場合は、なるべく長袖長ズボンを着用し、虫よけ剤(忌避剤)を使って蚊に刺されない工夫をすべきです。日本では蚊やアブ、マダニなどに対する忌避剤として、ディートとイカリジンといった二つの有効成分からなる製品が販売されています。
日本におけるディートの最高濃度は12%、イカリジンでは5%ですが、発汗によって忌避効果が弱まることから、頻繁に使用しなければ効果が持続しません。そこで、厚生労働省は今年6月、より高濃度の有効成分を含む製品について、申請があれば審査期間を短縮することを発表しました。日本でも近々、高濃度の忌避剤が使用可能になり、個人がより効率的に蚊などの吸血性節足動物から身を守りやすくなることが期待されます。
ジカ熱の国内感染を防げ
2年前のデング熱の国内流行のときは、たった1人の感染者をスタートにして160人以上の患者を出すに至りました。同様の感染拡大はジカ熱についても起こりうることです。しかし、多くの場合、無症状もしくは軽い症状で終わるこの病気の特性上、最初に国内感染が確認される頃にはすでに広範囲にウイルスが拡散してしまっている状況かもしれません。もしくは、小頭症の赤ちゃんが生まれて、そこで初めてウイルス侵入の事実が明るみになる可能性もあります。
まずは、ウイルスを海外から持ち込まないために、流行国から帰国した際にはしばらくの間、蚊に刺されるような場所を避けるほか、虫よけ剤を使うよう心がけてください。万が一国内感染が起こったとしても、リスクを回避すべき人たちは感染経路を正しく理解し、適切に感染から逃れる手段を講じることが大切です。それはまた、ジカ熱のみならず、デング熱やチクングニア熱といった他の蚊媒介性感染症への対策にも通じることです。
著者情報
国立感染症研究所 昆虫医科学部第三室 室長
葛西真治
かさい しんじ
1970年生まれ。筑波大学大学院農学研究科博士課程修了、農学博士。アメリカ・コーネル大学博士研究員を経て2000年から国立感染症研究所研究員となり、主任研究官を経てコーネル大学客員研究員を務めたのち、現職。蚊、ハエ、ゴキブリ、シラミのように病気を媒介する衛生害虫の防除対策や、殺虫剤抵抗性分子機構の解明と抵抗性のモニタリング、殺虫剤の新規作用点の探索などを研究。著書に『分子昆虫学 ポストゲノムの昆虫研究』(共著、共立出版、2009年)、『招かれない虫たちの話』(共著、東海大学出版部、2017年)などがある。