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サイエンス

攻撃再開のシラミ

子どもたちの頭に棲みつく吸血害虫・アタマジラミ

葛西真治(国立感染症研究所 昆虫医科学部第三室 室長)

(1)プールでうつる?
 これに関しては、2007年に出された論文で完全に否定されています。アタマジラミをもつ4人のボランティアに30分プールで泳いでもらって調べたところ、頭から離れたシラミは1匹もいませんでした。水中でシラミは髪の毛にしっかりしがみついているので離れることがないようです。
(2)毛染めやパーマ液は有効か? ビネガーやアロマは?
 毛染めやパーマ液に含まれるアンモニアは、もしかしたらアタマジラミ退治に効果があるかもしれません。しかし、もし自分の子どもがアタマジラミに感染したら、そういうものは使わないでしょう。さまざまな毒性試験や安全性試験をクリアした上で登録され、薬局で販売されている駆除薬に比べて、子どもにとって安全・安心だとはとても思えないからです。
 また、ビネガー(食酢)やアロマオイルは安全面では問題ないのかもしれませんが、効果について、筆者は疑問視しています。なぜなら、本当にはっきりした効果があれば、正規のルートに乗ってシラミ薬として登録・販売されるはずだからです。日本の医薬品を取り締まる法律は、効果が確かめられていないのに効能をうたうことを禁じています。そして、衛生害虫用の殺虫剤は全て医薬品もしくは医薬部外品として販売されます。ですから、もし巷に医薬品や医薬部外品ではないのにアタマジラミなどの衛生害虫駆除の効果をうたっているものがあれば、それは明らかに法律違反ということになります。
(3)シャンプーやコンディショナーで窒息する?
 ゴキブリが洗剤で死ぬのは、界面活性剤が気門に入って窒息するからです。しかし、アタマジラミは気門を自由に閉じることができるため、シャンプーやコンディショナーで死ぬことはありません。ただし、中にはジメチコンなどのシリコンオイルが配合されているものがあります。高濃度のシリコンオイルはシラミに毒性があることが分かっていますので、ある程度効果があるかもしれませんが、効果は有効成分の濃度にも依存しますので、あまり期待しない方がよいかもしれません。
(4)黒人にアタマジラミは寄生しない?
 答えはノー。黒人であっても、アタマジラミに感染する人はいます。しかし、直毛の人より、巻毛の人の方がシラミ感染率が低いのは事実です。これは、髪の毛1本1本にしがみつきながら移動するシラミにとって、巻毛を動き回るのは容易ではないからです。また、強い「くせ毛」をもつ黒人の人たちは髪の毛をきれいに編んでいることも多く、これもシラミにとっては生活しづらい環境のようです。
(5)シラミは美味?
 サルの仲間は毛づくろいで、シラミだけでなくマダニも取り除くことが知られていますが、取り除いた生き物のうち、シラミは食べるのにマダニは食べないことが知られています。これは複数種のサルで確認されています。理由の一つとして、シラミは食べることが可能な程度に美味だが、マダニはおいしくないこと、そしてマダニはシラミと違って皮膚に深く口器を突き刺し、固定するため、取り除く時に痛みがあるからではないかと考えられています。
(6)シラミの研究でノーベル賞をもらった人がいる?
 コロモジラミが発疹チフスの感染に関与していることを明らかにしたフランスのシャルル・ジュール・アンリ・ニコル博士は、1928年にノーベル生理学・医学賞を受賞しています。

シラミよ、おまえもスーパー化するのか?

 最近、殺鼠(さっそ)剤が効かない「スーパーラット」、殺虫剤が効かない「スーパーナンキンムシ」など、薬剤への抵抗性を発達させた害獣や害虫が話題になることがあります。実は、アタマジラミも我が国で登録されている唯一の駆除薬の有効成分に対して抵抗性を示し、「スーパー化」した集団が確認されています。遺伝子が突然変異を起こしたせいで、殺虫剤が作用する神経のたんぱく質の構造が変化し、殺虫剤が作用できなくなっているのです。筆者たちは2006年から15年にかけて、全国より878人から採取したアタマジラミ2000匹以上について抵抗性遺伝子保有の有無を調べました。その結果、沖縄県から集めたシラミは実に96%以上の割合で抵抗性遺伝子を保有しており、この地域のシラミに駆除薬はほとんど効かないということが判明しました。
 抵抗性があることを知らずに駆除薬を使い続けると、長期にわたって駆除がうまくいかずにその被害に悩まされることになってしまいます。こうなると、すきぐしを使って丁寧に取り除くしか手はありません。一方で、沖縄県以外の地域で採集されたアタマジラミについては、抵抗性遺伝子をもつ割合が5%程度であり、それほど抵抗性が大きな問題にはなっていないことが調査を通じて分かりました。
 沖縄県で抵抗性遺伝子の頻度が異常に高い理由はよく分かっていません。また今後、駆除薬が長期的に使用され続けると、沖縄県以外の地域においても、この薬による駆除が困難になってくることが予想されます。

販売が待ち望まれる新たな駆除薬

 それでは、人類には、このように抵抗性を発達させた「スーパーアタマジラミ」に対抗する手段はないのでしょうか? いや、そうではありません。既に欧米ではジメチコンやミリスチン酸イソプロピルといった新たな有効成分を含む新薬が登場しています。これらはシラミの呼吸を阻害して腸管を破裂させたり、皮膚表面のワックス層を溶かして脱水症状を引き起こしたりして、死に至らしめます。いずれも神経毒ではなく、物理的な作用をもつことから抵抗性が付きにくいのではないかと期待されています。
 また、日本皮膚科学会や沖縄県薬剤師会などは、現在の駆除薬に抵抗性を獲得したシラミの問題解決のため、「イベルメクチン(2015年ノーベル生理学・医学賞を受賞された大村智先生が発見した殺寄生虫薬)」のアタマジラミへの適応承認を厚生労働省に対して要望しています。近い将来、日本においてもこれらの新たな作用機構をもつ駆除薬が承認・販売されることが期待されています。

「不潔だから」うつるのではない

 アタマジラミは飛ぶことも、ジャンプすることもできません。寄主から離れたら、多くは48時間以内で死んでしまいますし、卵はセメント物質で髪の毛にしっかり付いていて、なかなか離れるものではありませんので、室内を消毒する必要もありません。帽子やシーツ、枕カバーなどは、気になるようでしたら、55℃のお湯もしくは熱風で5分間処理すると、卵も幼虫・成虫も死滅することが分かっています。衣類用乾燥機の利用も効果的だと考えられます。
 自分の子どもはもちろん、身近な子どもにアタマジラミの感染が確認された時、彼らは「アタマジラミ=不潔」と結びつけてショックを受けてしまいがちなので、彼らの心を傷つけないように配慮することが大切です。また、自分の子どもに誰がうつしたのかという、「犯人捜し」をしないということが重要です。アタマジラミは不潔だから発生したり、うつったりするものではありません。毎日洗髪していても、ブラッシングしていても、予防効果は見込めません。周囲の大人たちが正しい知識と理解をもち、特に子どもの社会で広がりやすい差別やいじめにつながらないように、どうか十分に気を付けてください。

著者情報

国立感染症研究所 昆虫医科学部第三室 室長

葛西真治

かさい しんじ

1970年生まれ。筑波大学大学院農学研究科博士課程修了、農学博士。アメリカ・コーネル大学博士研究員を経て2000年から国立感染症研究所研究員となり、主任研究官を経てコーネル大学客員研究員を務めたのち、現職。蚊、ハエ、ゴキブリ、シラミのように病気を媒介する衛生害虫の防除対策や、殺虫剤抵抗性分子機構の解明と抵抗性のモニタリング、殺虫剤の新規作用点の探索などを研究。著書に『分子昆虫学 ポストゲノムの昆虫研究』(共著、共立出版、2009年)、『招かれない虫たちの話』(共著、東海大学出版部、2017年)などがある。

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