平成文学とは何か?
川村湊(文芸評論家/法政大学国際文化学部教授)
「平成」という元号も、いつの間にか20年を重ねている。わずか15年に過ぎなかった大正が「大正文学」という稜線を形成しているように、平成という時代も「平成文学」という特徴のある相貌を示し始めている。
「平成文学」の成立
大正時代は15年間しかなかったが、日本の文学史の世界では「大正文学」という名称は、明治文学、昭和文学と同じように定着している。
すると、すでに20年を閲(けみ)した平成時代の文学も、「平成文学」という呼び方を、定着させていいはずだ。
というのは、形式的な論理だが、まだ平成文学という呼称は市民権を得ているとは思われない。明治の文学の気骨や大正文学の叙情性、感傷性、昭和文学の実験性や社会性、前衛性といった時代的な特色、時代性の顕著な特徴が、まだ平成20年の間に書かれた文学作品には、見られないということだろう。
また、国際化の時代に、元号というきわめて内向きの時代区分によって、文学史を括ることに抵抗感をおぼえるという感もなくはないのである。
グローバル化され始めた日本文学
こうした内向き、国内向きの文学から、外向き、グルーバルな視点や志向を持つのが、「平成文学」の逆説的な特色といえるかもしれない。これは、前世紀末の1980、90年代から顕著になった日本文学の国際化という傾向である。村上春樹、よしもとばななが、西欧語のみならず、世界の各国語に翻訳され、広範な読者を世界中に獲得したということは、日本語文学の国際化に大きく貢献した。
この二人ほどではないしにしろ、島田雅彦、辻仁成、江國香織、桐野夏生などの小説が、フランス語、韓国語、英語などに翻訳され、日本小説の小さなブームのようなものまで、それぞれの言語の世界において起きたといわれている。エキゾチック・ジャパンとは違った(まだそうした要素は全面的には否定できないが)、まさに新しい「日本文学」のグローバルな進出なのである。
また一方では、リービ英雄、デビット・ゾペティ、楊逸などの、非日本人による日本語文学の登場である。これまでの在日の朝鮮人・中国人の母語としての日本語による創作ではなく、非母語としての日本語を駆使しての彼・彼女らの日本語小説は、有力な文学賞を受けるなど、高く評価された。また、多和田葉子、水村美苗のように、日本語と他の言語とのバイリンガル的な文学者が登場し、複数言語による創作を試みていることも、「平成」時代の文学の特徴的な現象の一つである。
従来の「文学」を否定する文学
これらの動きが、必ずしも「平成」の時代に入ってからの現象ではないが、「平成文学」を他の時代の文学、明治・大正文学、昭和文学、あるいは戦後文学といった範疇から際立たせる、鮮明なメルクマール(判定基準や目標)となることは明らかだろう。
ただし、こうした「平成文学」の国際化、多文化現象化は、あくまでも「近代文学」という考え方の延長上にあり、それを発展、展開したものと考えられるのに対し、「近代文学」の終焉や、文学という概念そのものの質的な転換を「現代」において見る論者にとっては、純文学とエンターテインメント(大衆文学)といった階級性を引きずり、制度としての文壇や文芸雑誌や出版活動に依拠する旧来の「文学」を否定する動きが現れてきたことも、「平成文学」のもう一つの特徴といえるだろう。
ライト・ノベル、ネット小説、ケータイ小説などの登場は、広い意味での文芸コマーシャリズムの拡大をもたらしたのだが、旧来の「近代文学」的な概念からは、とうてい容認することのできない、異端的、奇形的な「小説」にほかならなかった。それらの作品は、内容的、形式的に従来の「文学」や「小説」の概念を破壊するというより、そうした概念を無視し、あえて継承性や伝統性を持たないことを標榜することによって、読者、受容者、消費者を獲得してきたといってよいのである。
多様な「越境性」を備えた平成文学
もちろん、こうした若い世代の新しい感覚の「小説」が、「平成文学」という、新しい皮袋のように見えながら、実は古い皮袋に収められるようなものであるかどうかは、これからの動きや流れによって徐々に明らかになってゆくことだろう。「平成文学」は、これまでの文学の世界を、縦に、横に区切ってきた、さまざまな境界線を越えてゆくことから始まっている。
国家、国語、国籍といったものはもとより、ジェンダーや地域性やメディアや年齢といったボーダーラインを越境してゆく。そうした意味での越境性が、これからの「平成文学」の指標になると思われるが、もちろん、その時には「平成」といった元号による時代区分のボーダーこそ、真っ先に乗り越えられるべき境界線にほかならない。「平成文学」とは、そうした「平成文学」という呼称を乗り越えてゆくことによって、「平成文学」たる資格を持つものといわざるをえないのである。
併載した「平成文学」リスト
は、平成文学の新しい動きをフォローしたものというより、「昭和文学」「近代文学」に連なる平成の20年間に発表された文学作品という基準で選んだものである。
著者情報
文芸評論家/法政大学国際文化学部教授
川村湊
かわむら みなと
1951年生まれ。韓国・東亜大学助教授を経て法政大学国際文化学部教授。著書に『言霊と他界』(1990年、講談社)、『南洋・樺太の日本文学』(94年、筑摩書房)、『日本の異端文学』(2001年、集英社新書)、『補陀落』(03年、作品社)、『アリラン坂のシネマ通り』(05年、集英社)、『牛頭天王と蘇民将来伝説』(07年、作品社)、『文芸時評―1993-2007』(08年、水声社)、『温泉文学論』(07年、新潮新書)、『闇の摩多羅神』(08年、河出書房新社)、『異端の匣―ミステリー・ホラー・ファンタジー論集』(10年、インパクト出版会)、『原発と原爆―「核」の戦後精神史』(11年、河出書房新社)、『震災・原発文学論』(13年、インパクト出版会)、『紙の砦──自衛隊文学論』(15年、インパクト出版会)など、多数ある。15年1月からは「川村湊自選集」(作品社)の刊行も始まった。