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さよなら歌舞伎座。これからどうなる?

「顔」を失う歌舞伎の将来

鈴木国男(共立女子大学文芸学部教授)

 歌舞伎の殿堂、歌舞伎座が解体される。「歌舞伎座さよなら公演」はまさに“御名残”で話題と人気を呼んでいる。「新しい歌舞伎座」は同じような存在感を保てるのか。これからの歌舞伎はどうなるのだろうか。

日本を代表する劇場

 2009年の1月以来、16カ月にわたって続いた「歌舞伎座さよなら公演」も、10年4月28日に千秋楽を迎え、30日の閉場式をもって、歌舞伎座はその121年の歴史に、ひとまず終止符を打つ。3年後に予定される新しい歌舞伎座の誕生は、また新時代の幕開けともなるであろう。
 1889年(明治22)、東京・木挽町(現在の東銀座)に、洋風の外観で内部は檜(ひのき)造りの和風3階建の大劇場として、初代の歌舞伎座は創建された。それまで、ジャンルをそのまま座名とした例はなく、「歌舞伎」という表記も、この劇場とともに一般化していった。それはまた、明治維新後もほぼ江戸時代と変わらずに20年あまりを経た日本の劇界に、現在につながる新しい流れがようやく生まれようとしていた時期にあたり、歌舞伎座は近代日本演劇の歴史とともにあり、海外においても日本を代表する伝統芸能と認識される歌舞伎の殿堂として、まさに「日本のオペラ座」と呼ぶにふさわしい存在である。

歌舞伎の歴史を紡ぐ

 1911年(明治44)、日本初の本格的西洋式劇場建築として帝国劇場が開場すると、それに対抗すべく、歌舞伎座は純日本風の外観に改築される。13年(大正2)以降は、松竹の経営となった。火災による焼失と関東大震災を経て、25年(大正14)に新築開場された建物が、戦災によって大きな被害を受けた後、再建され51年(昭和26)に新装開場されて現在に至っている。
 歌舞伎座は、明治以来あまたの名優たちの活躍の場となり、歴史に残る名演や優れた新作、時代を画する襲名披露の舞台となってきた。歌舞伎の歴史そのものを紡いできたといっても過言ではない。観客もまた、生涯のそして何代にもわたる夢と記憶を託している。演劇が多様化する中で、歌舞伎は伝統芸能としての傾向を強めながらも、時代とともに進化する活力を失わずに、メディア社会においてもかえってその存在感を増してきた。歌舞伎座もまた、年輪を重ね特別の劇場としての風格を得るに至った。内部の木造構造により、由緒あるコンサートホールのように、歌舞伎らしい得難い音響効果があるともいわれる。

歌舞伎座の建て替え問題

 したがって、その将来については、年来議論されてきたものの、財政負担の問題もあり、なかなか結論を得るには至らなかった。ともかくもその道筋がつき、老朽化して危険とされる建物で、1年以上にわたり特別料金で連日満員の観客を集めて続いた「さよなら公演」が、無事千秋楽を迎えるのは慶賀すべきことである。
 東京における歌舞伎公演は、工事期間中、新橋演舞場国立劇場を中心に行われる見込みだが、公演数の減少は避けられず、ファンにとっては、新劇場の開場を楽しみに待ちわびながら、しばらくは辛抱を強いられることになる。俳優はじめ関係者全体の稼働と収入、とりわけ芸の鍛錬と伝承に関しては、悪影響を最小限に抑えなければならないだろう。
 解体後は周辺の土地も含めた大規模な再開発が始まる。隈研吾設計により、地上29階の高層オフィスビルと劇場の複合建築として、2013年2月に落成の予定である。09年1月には、石原慎太郎都知事が建築案に難色を示し、ガラス張りの現代的建築に変更されたとの新聞報道があり、これに対する反対意見が各方面から出されるなどの迷走もあったが、劇場正面に関しては、現在の形に近い伝統的な外観を保つことになったとされる。

顔をもつ希有な劇場

 しかしながら、歌舞伎座のような劇場は、都市の顔でありランドマークである。パリでは、19世紀に建設され「オペラ座の怪人」の舞台ともなったガルニエ宮と、最新の設備を備えたバスチーユという2つのオペラ座が並存し、ミラノのスカラ座は、外観をそのままに大規模な改修を施して04年再開場した。帝国劇場、新橋演舞場、東京宝塚劇場がすべてビルの中に納まり、新国立劇場がその全容も正面も見渡せない建築である東京で、独立した外観を印象づけられる大劇場は、最高裁判所に隣接する国立劇場のみとなってしまう。 人々でにぎわう銀座の一角に、ユニークな姿でそびえている歌舞伎座こそ、日本人にも外国人にも、われわれの演劇の象徴として誇りうる存在であったはずだ。歌舞伎は400年来、常に民衆が支え続けた芸能であり、めまぐるしく変転する時代の中で、一民間企業の松竹が守り通していることは称賛に値する。しかし、現代的なオフィスビルと一体化した歌舞伎座が、悪い意味でこの国の文化の在り方の象徴となる危惧(きぐ)はないだろうか。

神通力を呼び起こせるか

 俳優や観客も、これを機に歌舞伎の将来を再考すべきであろう。古い劇場の持つ神通力がいったん失われた後で、再びそれを呼び起こす力が歌舞伎自体にあるだろうか。新劇場が話題となり、若い観客を集めたとしても、伝統の底力によって真の感動を与えなければ、次代を支えるファンには育たない。歌舞伎役者は、様々なメディアに進出して芸の幅を広げ、観客を呼び込む努力も必要だが、古典劇の俳優としての自覚と節度を持ち、日常においても正しい日本語や立ち居振る舞いを示してほしい。世界無形文化遺産に登録された伝統芸能でありながら、商業演劇としての活力と発展性を失わない歌舞伎の在り方を今後も維持できるか、それを決めるのも観客なら、公の文化政策に方向性を与えるのも国民の総意である。歌舞伎座不在の3年間が、日本文化史における活断層となって、やがて崩壊をもたらすようであってはならない。

著者情報

共立女子大学文芸学部教授

鈴木国男

すずき くにお

東京大学文学部卒。同大学院博士課程中退。ローマ大学演劇研究所に留学。イタリア演劇専攻。日本演劇学会理事・イタリア学会会員・歌舞伎学会会員。

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