日本人の気質に響く、西郷隆盛の魅力
童門冬二(作家)
(構成・文/村山加津枝)
薩摩には「郷中(ごじゅう)教育」という藩伝統の縦割り教育制度があった。郷中とは今でいう町の自治会組織のようなもので、鹿児島城下の地域をいくつかの「方限(ほうぎり)」に分け、その方限ごとの組織内で年齢が上の者が下の者の面倒をみるというものだ。郷中教育は鹿児島城下だけではなく、薩摩藩の他の城下でも行われていた。
現在「縦割り」という言葉はあまり良い意味で使われていない。しかし、私はこうした地域に根ざした制度、年長者が年少者を指導する自主的な取り組みといったものが、人間関係が希薄になりすぎた現代社会には必要だと考える。年長だからと威張るのではなく、年少者をいたわり、助け、指導することは、社会に出てからも役に立つ。
このような制度があったことで、薩摩藩は西郷や大久保、村田新八、大山巌、東郷平八郎など多くの人材を輩出することができた。当時は薩摩藩に限らず、各藩に藩校や郷校(郷学)、私塾が数多くあり、下級武士であっても多くのことを学べた。そして、その中から西郷のような大人物が輩出されたのだ。
明治以降、こうした藩校や郷校などを前身とする学校が地方にでき、今も残っているものもある。そこからは、同様に多くの人物が輩出されてきた。今も昔も、国づくりにとって教育が重要な役割を果たすことに変わりがないということだ。
西郷から学ぶべきこと
最後にもう一つ、西郷の魅力を語ると、「風度(ふうど)」が備わった人物ということだ。
風度とは、昔の武将などによく使われた言葉で、「あの人に“なら”ついて行こう」「あの人“らしい”振る舞いだ」と思わせる風格、オーラを表す。他藩の人間が、それも遠方からわざわざ薩摩に移り住んで西郷の語録をまとめたり、他人をおもんぱかり西南戦争を率いたりと、西郷の風度を示すエピソードには枚挙にいとまがない。それは人の痛みを知り行動し、常に切磋琢磨した西郷に備わった徳である。
これは現代人にも通じることで、上に立つ者はこの風度を忘れてはならない。トップだけではなく、係長でも課長でも部下がいれば、「あの人に“なら”」、「あの人“らしい”」と言われるような人間になることだ。これは会社に限らず、どんな小さな組織にもいえることだ。そうすれば、皆のモラール(士気)もアップする。
私は多くの歴史的人物を題材にしてきたが、いつも一人の理想像として書いてきたつもりである。西郷であれ信長であれ、上杉鷹山であれ直江兼続であれ、その人物に潜む自分と同質性のものを発見し、そこに力点を置いて書いてきた。様々な人物に投影したその同質性をまとめれば、私の理想の人間に果てしなく近づく。
また、私が、信長と龍馬、そして西郷を得体の知れない巨人と言ったのは、何度書いてもまだ何かがあると思わせてくれるからだ。歴史上の人物にとって、作家は所詮他人であって、西郷を書いてもそれはあくまで私の主観の入った、言わば「童門隆盛」でしかない。だからこそ、新しい資料の発見で人物の解釈が変化したり、私が年を経たことで人物への見方が変わったりして、再度書きたくなるのである。
しかし、私は西郷のすべてを見習えとは言わない。学ぶべきものと学んではいけないもの、双方がある。「知」と「情」どちらも、一辺倒では滅びてしまうからだ。
著者情報
作家
童門冬二
どうもん ふゆじ
1927年東京生まれ。44年海軍土浦航空隊に入隊。終戦後、東京都庁に勤務、知事秘書、広報室長、政策室長などを歴任。79年に退庁後、歴史小説やエッセイを中心に作家活動をするかたわら、講演会も行っている。『全一冊 小説 上杉鷹山』(1996年、集英社文庫)などベストセラーも多数。集英社文庫「全一冊 小説」シリーズでは直江兼続、二宮金次郎、伊藤博文、銭屋五兵衛、吉田松陰らを取り上げている。他にも『大岡忠相 江戸の改革力 吉宗とその時代』(2015年、集英社文庫)、『西郷隆盛 人を魅きつける力』(17年、PHP文庫)、『西郷隆盛 天が愛した男』(17年、成美文庫)などがあり、現在『NHKステラ』などでエッセイを連載中。(2017.12)