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フードダイバーシティ最前線!(前編)~オリンピックを前に待ったなし!食の「おもてなし」は万全か?

加藤裕子(生活文化ジャーナリスト)

 2020年東京オリンピック・パラリンピック、そして今秋に迫ったラグビーワールドカップを前に「フードダイバーシティ(食の多様性)」が注目されている。「ダイバーシティ」というと「女性や外国人、障碍者、LGBTなども含めた多様な人材活用」という観点から語られることが多いが、食の世界でもこの動きは始まっている。訪日外国人観光客の急増に伴い、ムスリム(イスラム教徒)やベジタリアンなど「食の禁忌」を持つ人たちへの対応がこれまでにない規模で必要とされつつある。

 しかし、「食の禁忌」がほとんど意識されない日本では、「フードダイバーシティ」への理解はまだまだ進んでいない。いったい訪日外国人が求める「食の多様性」とはどのようなものなのか、また、実際にどのような取り組みが行われているのか、「フードダイバーシティ」の現場を取材してみた。

訪日観光客数は増加の一途をたどり、2018年には3000万人を超えた。このうち85%以上がアジアから来日している

日本食が食べたいのに食べられない外国人たち

 2020年オリンピックの開催が決まってから、聞かない日はないと言ってもいい「おもてなし」。しかし、「おもてなし」の中身は本当に日本を訪れる外国人に喜んでもらえるものになっているだろうか。特に、日本の食をどう楽しんでもらうかは重要なポイントだ。観光庁の「訪日外国人の消費動向」(2018年)によると、日本を訪れる外国人観光客が訪日前に期待していたことのトップは「日本食を食べる」(70.5%)で、世界的にも人気が高い寿司やラーメンの「本場の味」を楽しみに来日する外国人も多い。
 その一方で、たとえばムスリムやベジタリアンなど宗教上の理由や個人的信条から食の禁忌を持つ人々の中には、「コンビニで買った白米のおにぎりばかり食べていた」というケースも見られる。メニューや食品表示が日本語でしか書かれていないので食べていいかどうか判断できない、また、そもそもハラールやベジタリアンの料理や食品が少なすぎることがハードルとなり、「日本食を食べたいのに食べられない」という残念な状況をもたらしてしまっているのだ。

自治体がフードダイバーシティに力を入れる理由

 こうした事態を改善しようと、自治体などによるサポートも行われつつある。中でも、情報量の多さやきめこまかい対応で群を抜いているのが、浅草・上野という人気観光地を擁する東京都台東区だ。台東区を訪れる外国人は年間953万人(平成30年)と、平成28年の前回調査から100万人以上増加している。区としても観光に力を入れており、2013年のASEAN諸国への訪日ビザ緩和以降、ムスリムが国民の多くを占めるインドネシアやマレーシアからの観光客が急増していることを受け、いち早く様々な施策を打ち出してきた。
 そのひとつが、現在第14版となるムスリム向け観光マップ(「TOKYO MAP for MUSLIMS」)だ。観光スポットと共にムスリムも食べられる食事を提供する飲食店やハラールの商品を扱う土産物店を掲載し、印刷部数は年間8万部、各掲載店の店頭や区内外の観光案内所、空港等で無料で入手できる。こうしたムスリム向け情報マップは東京都をはじめ全国各地の自治体が配布を進めているが、台東区のマップでは掲載飲食店のすべてが、ハラール認証を受けた店というのが特徴だ。

台東区の「TOKYO MAP for MUSLIMS」(中央)をはじめ、東京、千葉、横浜、日光など、さまざまな地域でムスリム用の案内が発行されている

「TOKYO MAP for MUSLIMS」は英語表記がメインで、ハラール対応のレベルを示す星マークもわかりやすい。ムスリムが1日5回行う礼拝の場所を備えているかどうかという、ムスリムにとっては大事なポイントもきちんと押さえてある。掲載されている飲食店は寿司、ラーメン、甘味処、焼肉、しゃぶしゃぶ、ふぐ料理など、日本ならではの食事が楽しめるバラエティに富む。ちなみに、浅草名物「雷おこし」も、従来通りの原材料でハラール認証を取得したものが販売されている。
 その他、日英中国語の基本会話フレーズと観光マップがセットになった「おもてなしコミュニケーションMAP」にある「食への意思表示」も便利だ。牛肉、豚肉、魚、カニ、エビ、卵、小麦、乳製品、ピーナッツなどの食材の絵文字(ピクトグラム)が並び、食べられないものにチェックをつけて見せれば、日本語でコミュニケーションできなくても、何が食べられないのかを伝えることができる。「アレルギー」「宗教」「ベジタリアン」「治療中のため」という「食べられない」理由を示す箇所もあり、飲食店側も配慮しやすい。

「おもてなしコミュニケーションMAP」に記載されている「食への意思表示」。このような食材の絵文字(ピクトグラム)は、2019年の大阪G20でも使用された(ピクトグラム提供元:「ネクストダイバシティ株式会社」)

 実際に対応を迫られる現場へのサポートとしては、台東区独自の取り組みである「ハラール認証取得助成事業」を通して、飲食店等を対象にイスラム教やハラールに関する基礎知識の講習や認証にかかる費用の助成(上限10万円)を行っている。
「政教分離の観点から『自治体が特定の宗教に関することで助成を行うのはいかがなものか』という指摘もありましたが、布教目的ではなく、目的効果基準に照らし合わせて、あくまで地元経済や産業振興のための事業ということで行っています」(台東区文化産業観光部観光課・宮澤亮さん)
 実際、マップに掲載されているある焼肉店は、認証取得前と後とでハラール牛の購入頭数が倍になったという。それだけ、「焼き肉を食べたいのに食べられない」ムスリム観光客の需要が存在しているのだ。
 充実したサポート態勢の結果、今や台東区は訪日観光客にとって「ムスリムフレンドリー」な地域として認知されており、他区のホテルに滞在しているムスリムが「近所に食事ができる店がない」とわざわざ台東区まで足を運ぶという。
「台東区の課題として、観光客の区内の滞在時間が約2時間と短いことがあるのですが、このマップが掲載店に置いてあると、昼間の観光でランチを食べたムスリムが『じゃあ、夜はこの店に行こう』と区内の他の掲載店に足を運ぶ相互集客効果にもつながっています」(宮澤さん)
 現在は浅草・上野中心のマップだが、民泊の増加などから他のエリアでの対応も必要となってくることが予想されている。また飲食店に比べるとホテルなどの宿泊施設ではムスリムへのサービスが十分にできておらず、さらなる対応が求められている。

「TOKYO MAP for MUSLIMS」掲載店で販売されていたハラール対応の菓子。あられにはハラールのほか、ベジタリアン対応、グルテンフリーを示すマークが記載されていた

ベジ&ヴィーガンが急速に拡大中

 ムスリムに比べて人数などの実態が把握しにくいベジタリアンだが、「現場の実感としては、最近かなり増えてきている印象があります」(宮澤さん)。そんなベジタリアン需要の高まりを示すひとつの例として、NPO法人「ベジプロジェクトジャパン」が発行する「ベジマップ」がある。昨年7月末にリリースした「東京ベジマップ」は都内の各観光案内所や空港等で無料配布されているが、反響が大きく、第1版に続き今年5月末に第2版を発行、部数も1万部から3万部と大幅に増やし、今秋には「京都ベジマップ」の第2版リリースが予定されている。
「『東京ベジマップ』第2版の掲載店舗は173店と前回より35件増となりました。掲載はお店からの申し込みという形を取っているので、私たちが把握している件数は実際にはもっと多く、すべて載せるとなれば400店近くになるのではないかと思います」と「ベジプロジェクトジャパン」代表の川野陽子さん。「東京ベジマップ」の掲載店はすべてヴィーガン対応だが、「(乳製品や卵はOKの)ベジタリアンを基準にすると、とてもマップに入り切らない」ほど、都内のベジ対応店は増えつつある。
 飲食店だけではなく、 ヴィーガン対応の商品開発に乗り出す企業も増えており、「ここ1年半ぐらいで、ベジタリアン、ヴィーガンのムーブメントが非常に盛り上がってきています」と川野さんは手応えを感じている。
「『ベジプロジェクトジャパン』ではヴィーガン認証も行っていますが、最近は企業から『ヴィーガン認証を取得したい』『ヴィーガン対応をしたいが、やり方を教えてほしい』など、毎日のように問い合わせがあります。インバウンドの影響だけではなく、新しい市場として海外でも人気のヴィーガンが注目されていると感じています」
「ベジプロジェクトジャパン」からヴィーガン認証を取得した商品は駅弁、レトルトパスタ、タイ料理ペーストなどの調味料、ビールや日本酒など多岐にわたる。中には発芽玄米や麸など「動物性が入っていないのはあたりまえ」という商品もあるが、日本語や日本食に馴染みがない外国人にとっては、こうしたマークがあれば安心して食べられるメリットは大きい。ベジタリアン、ヴィーガンのマークの付与はNPO法人「日本ベジタリアン協会」などでも行っており、今後、店頭でベジタリアンやヴィーガンのマークを見る機会も増えていくだろう。

「東京ベジマップ」を制作したNPO法人「ベジプロジェクトジャパン」代表の川野さん(上)と、同NPOが付与するヴィーガン認証マークがついた弁当やアルコール飲料(下)

地方でも進むフードダイバーシティ

 インバウンドの広がりを背景に、フードダイバーシティへの取り組みは、大都市圏だけではなく日本各地に広まっている。

著者情報

生活文化ジャーナリスト

加藤裕子

かとう ひろこ

1970年、東京都出身。早稲田大学政治経済学部卒業。女性誌編集者を経て、1999年フリーに。同年渡米し、ヴィーガンの情報を発信するThe Vegetarian Resource Group(米国メリーランド州)に籍をおき、アメリカの食文化、健康志向などをテーマに取材・執筆。現在は日本在住。著書に『スシ、プリーズ!〜アメリカ人寿司を喰う』(集英社新書)、『食べるアメリカ人』(大修館書店)、『「和の道具」できちんと暮らす すこし前の日本人に学ぶ生活術』(ポプラ社)等がある。

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