フードダイバーシティ最前線(後編)~宗教や信条によって異なる「食の禁忌」を正しく知ろう!
加藤裕子(生活文化ジャーナリスト)
「フードダイバーシティ最前線!(前編)~オリンピックを前に待ったなし!食の「おもてなし」は万全か?」からの続き。
もし目の前にムスリム(イスラム教徒)やベジタリアンの外国人が現れて、「おいしい日本食が食べたい」と言われたら、あなたはどうするだろうか?「イスラム教は豚がダメだから、牛肉なら大丈夫」「ベジタリアンには野菜サラダを出せばいい」というのは、実はありがちな誤解なのだが、そもそも日常生活でムスリムやベジタリアンに接する機会が少ない日本人には、「何が食べられて何がダメなのか」という知識自体が圧倒的に不足している。
日本では、アレルギーや病気を別とすれば「なんでも食べられる」ことがよしとされる中、「食べられないものがある」ことが前提のフードダイバーシティ(食の多様性)を理解する鍵はどこにあるのだろうか。
「食べられるもの」と「食べられないもの」
ムスリムの食の決まりとして、「豚肉やアルコールがNG」ということは日本でもかなり知られている。だが、「豚以外の肉でも、イスラム教の戒律に則って飼育、解体、加工、販売されたもの(ハラール肉)でなければならない」など、他にも様々な決めごとがあり、単に「牛肉なら大丈夫」というわけではない。これらの決めごとを満たしたものが「ハラールフード」と呼ばれている。
ベジタリアンも「かつおや煮干しでとった出汁もダメ」「乳製品や卵、蜂蜜、ゼラチンなど動物性の材料が入ったものは一切食べない」「にんにくやニラなど匂いがきつい野菜は避ける」などいろいろなパターンが存在するし、そもそも「サラダ」だけ出して「おもてなし」だと胸を張ることはできないだろう。これに、ユダヤ教の食の戒律であるコーシャ、牛肉を食べないヒンズー教徒、不殺生の戒律を守り、根菜類も食べないインドのジャイナ教徒などへの対応もしなければならないと言われたら、「面倒くさい!」と頭を抱えてしまうかもしれない。
だが、「そんなに難しく考える必要はありません」と、2014年から日本の「食の多様化」実現に向けて活動してきた「フードダイバーシティ株式会社」代表取締役の守護彰浩さんは言う。

「フードダイバーシティ株式会社」代表の守護さん。右側の調味料はハラール対応の醤油や味噌など
「たとえば、外国人観光客の団体にムスリム、ヴィーガン、ピーナッツアレルギーの人が数人ずついるというのはよくあることです。さらに、グルテンフリーやNON-GMO(非遺伝子組み換え食品)のリクエストも珍しくはありません。『どうすればいいですか』と慌てた旅行業者の方から相談を受けることも多いのですが、そんなときはまず『落ち着いてください。整理して考えれば大丈夫ですよ』とアドバイスします」
「食べられない」理由は「アレルギー」「食の禁忌」「好き嫌い」の3つに分けられ、「食の禁忌」はさらに「宗教」「主義」「病気」に分類できる。その中で、日本人が理解しにくい「宗教」と「主義」ごとの「食べられる」「食べられない」を整理したのが下の表だ。

これを見れば「難しそうでよくわからない」という抵抗感もかなり薄れるだろう。実際はそれぞれのカテゴリーでも個人差があり、イスラム教でも宗派等によって違いが見られるなど、この表が一律にあてはまらない状況も少なくない。国土交通省が作成した「多様な食文化・食習慣を有する外国人客への対応マニュアル」にはそれぞれのカテゴリーの詳しい説明があり、細かい違いや食の戒律についても知ることができるので、併せて参考にするといいだろう。
守護さんは、ハラールやベジタリアン対応を行う飲食店等へのコンサルティングも行っているが、「難しくてよくわからないから」と認証というお墨付きに頼ることについては懐疑的だ。「私たちの実感では、たとえばハラール認証にこだわるムスリムは2割程度で、認証自体に集客効果があるわけではないと考えています。認証以上に求められているのは、『自分たちはこういうルールでやっている』ということをオープンにする姿勢です。そうすれば、お客さんが『これなら食べられる』と自分で判断できるわけですから」
アウェーを知らない日本人の弱み
「フードダイバーシティ株式会社」では、ネット等での情報発信をはじめ、コンサルティングやセミナー開催、自治体との連携など多方面で事業展開を行っている。元々はムスリム対応がメインで「ハラールメディアジャパン」だった社名を「フードダイバーシティ」に変更したのは、「日本の食の現場でムスリムだけではなくあらゆる食の多様性に応えることが必要になってきた」(守護さん)という状況がある。
ベジタリアンだけをとってみても、西欧人向けの情報がほとんどで、台湾に多い「素食(そしょく)」に関するものが少なく、また中国語による発信も手薄だったことから、社員の山崎寛斗さんが台湾の出版社にレストランガイドの企画を持ち込み、昨年秋にクラウドファンディングで資金を集めて東京版を出版。台湾などアジア5カ国で販売され、5000部の初版に即増刷がかかるなど評判も上々だ。

銀座、新宿、渋谷など、エリア別に素食を楽しめる店を紹介する『東京食素!』。350台湾元(約1000円)
「台湾のベジタリアン比率は14%と言われています。日本には年間500万人の台湾人観光客が訪れており、単純計算で70万人近くの台湾人ベジタリアン観光客がいるわけです。けれども、インバウンド業界で『素食』という言葉を知っている人はほとんどいません。『観光客を呼びたい』と言っているのに、相手の文化や習慣を知ろうという意欲が非常に薄いと感じます。『嫌なら来なければいい』という声も聞きますが、せっかく日本を選んで来てくれた人に『食べるものがない』と言わせてしまうこと自体、おもてなしとは言えません」
「日本人はもっとアウェーを体験して、マイノリティや外国人になるとはどういうことかを実感しないと、日本にいる外国人が何に困っているか、想像力が働かないのでは」と守護さんは指摘する。
今年5月、ツイッター上でそんな指摘を彷彿とさせる投稿があった。ムスリムの技能研修生に酒やビールを飲ませたり豚骨ラーメンを食べさせたりしたことを報告するツイートが炎上、当該ツイートは削除されたが、この投稿に多くの「いいね」がついたこともまた事実だ。
「このままでは、日本はラグビーワールドカップで押し寄せる外国人観光客に対応しきれず、相当、痛い目に遭うでしょう。それから1年弱、オリンピック・パラリンピックまでにどれだけ巻き返せるか、非常に危機感を持っています」(守護さん)
効果が出るかはお店次第
「ハラール対応やベジタリアン対応をすれば儲かる! という思いでは、まず成功しません」と守護さんは断言する。
「ハラールやベジタリアン対応をするというのは、野球で言えば、バッターボックスに立っただけのことで、効果が出るかどうかは、あくまでお店次第です。料理がまずかったり、接客が良くなければ、どんなにハラールだ、ベジタリアンだと言っても、売上げは上がりません」
そんな苦言を呈する守護さんが「成功例」として挙げるのが、大阪にある日本食レストラン「祭」だ。野田阪神という繁華街から離れた立地にわずか20席の店で、1カ月の来店者数が4000人を超え、インバウンド比率は93%、そのほとんどは東南アジアからのムスリム観光客だ。最近ではニーズに応えるため、ヴィーガン対応もスタートさせた。
「祭」オーナーの佐野嘉紀さんは元々飲食業界出身。だが、安さばかりが求められる風潮に嫌気がさし、退職して次の仕事を考えていたときに、ムスリムの外国人観光客が日本で食べるものがなく困っている状況を知った。
「もし自分が海外に旅行して食べられるものがなかったら、『こんなところ二度と来るか』と思うはずです。でも、実際に日本に来る外国人の中には、食べられるものがないから母国から持ってきたカップ麺ばかり食べている人たちもいるわけです。困っている人がいるならなんとかしたい、食べてもらうならおいしい日本食を出したいと思って店を出すことにしました」
「祭」の看板メニューは、お好み焼きやたこ焼きなど大阪ならではの「粉もん」だ。お好み焼きソースもヴィーガン仕様の商品を独自に開発するなど、味にはこだわりを持っている。特にそう謳ってはいないがメニューはすべてハラール、しかしムスリムでない日本人が食べても気づかない、いい意味で「普通のおいしさ」を提供している。


「祭」の2号店、「MINATO」でも人気だというヴィーガン対応のラーメン(上)とたこ焼き(下)
著者情報
生活文化ジャーナリスト
加藤裕子
かとう ひろこ
1970年、東京都出身。早稲田大学政治経済学部卒業。女性誌編集者を経て、1999年フリーに。同年渡米し、ヴィーガンの情報を発信するThe Vegetarian Resource Group(米国メリーランド州)に籍をおき、アメリカの食文化、健康志向などをテーマに取材・執筆。現在は日本在住。著書に『スシ、プリーズ!〜アメリカ人寿司を喰う』(集英社新書)、『食べるアメリカ人』(大修館書店)、『「和の道具」できちんと暮らす すこし前の日本人に学ぶ生活術』(ポプラ社)等がある。