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科学の復権、地図からはじめませんか?

トンデモ地図がはびこる社会に未来はない

近藤暁夫(愛知大学文学部准教授)

 しかし、「情報を自ら収集し、咀嚼し、比較し、解釈し、判断し、行動すべし」と突然求められても、多くの人は実際どのようにすればいいのかわからないというのが正直なところだろう(学校教育の目的は本来そのような能力と態度を培うところにあるはずなのだが)。地図ひとつ見ても、その情報媒体としての重要性に対して、地図読解、主題図描画などの教育は、学校でも社会でも限定されたレベルでしかなされていない。
 そこでここでは、主権者にふさわしい情報の吟味や判断の力を養う一助として、地図という媒体とそこに載っている情報の特性、利用にあたっての留意点について、極めて簡単にまとめる。なお、紙幅の関係で語れることは限られるので、より詳しくは紹介する文献をあたってもらえるとうれしい。
 人類がいつごろ地図を発明したかは、分からないくらい古い。そもそも、移動や交易を円滑にするため、あるいは灌漑や開墾、都市や道路の建造などを通して土地と人民を統治するためには、測量術とその成果である地図は不可欠であり、人類の文明は地図(測量)とともに明けた。ヘロドトスは『歴史』のなかで、古代エジプトで毎年起こるナイル川の氾濫後の耕地整理のために測量学が誕生したと述べている。古代のエジプトやギリシアでは幾何学(英語でgeometry)も興隆したが、この語源は「土地(geo)」を「測る術(metry)」、すなわち測量学の意味で、古代ギリシアで生まれてエジプトで活躍したといわれるエウクレイデス(ユークリッド)など、はこの観点からいえば典型的な測量学者だといえる。もともと測量(地図)と数学は不可分の関係にあり、近代でもドイツの数学者カール・F・ガウスなどが測量学の発展に多大な貢献をしている。
 東洋においても、司馬遷の『史記』夏(か)本紀に、禹(う。初代王朝の初代王)が測量器具を手に中国各地を巡り、治水等を行った功によって夏王朝を創設したと記されているように、文明の始原に測量(と地図)が大きな役割を果たしている。また、春秋時代の政治家、管仲の著作とされる『管子』では「凡兵主者必先審知地図」(「将たる者は必ず地図に精通していなければならない」というような意味)と、軍事(政治)と地図の密接な関係が述べられている。「測量」という用語自体も「測天量地」を短縮したもので、兵事に打ち勝ち広大な帝国を治めるという現実的な次元でも、天地と交信しその成果を手の内に把握するという象徴的な次元でも、測量と地図の扱いに習熟することは為政者の教養とされた。エウクレイデスや管仲が、自身の没後2000年以上後に東洋の島国で起こったイージス・アショア問題を知る機会があったなら、一体何を思うだろうか。

(4)地図と向き合い使いこなすために

 これら地図の歴史を簡単に概観するだけでも、次の2点が了解されよう。
 第1に、天地を測り図化するという行為が元来、数学と軌を一にしていることからわかるように、地図の作成と読解においては科学的な厳密性と客観性が求められなければならないという点である。もちろん、球体(回転楕円体)の地球を平面に落とし込み、省略と縮小を加えることが求められる地図は、原理的に完全に正確なものになることはなく、図上の誤差を完全に排除することもできないが、だからこそ地図の作成・読解にあたっては科学的かつ厳密な手続きが踏まえられる必要がある。地図はいわば科学の精髄であり、地図の作成と読解は、人類が長年にわたって積み重ねてきた科学の成果を受け継いでいくことにつながる。
 第2に、文明の曙から統治や軍事と結びついて利用され続けてきた歴史をみるに、地図と政治は極めて密接な関係を持っていること、むしろ「すべての地図は政治的な産物である」とすらいえることである。先の高橋はるみ氏を例にとれば、政策パンフに北海道の図像を使うこと自体、さらに北海道の図像に「北方領土」を描画する(あるいはしない)こと自体、すでに政治的な行為といえ、さらには色の選択や光の当て方にまで政治的な意図を読み取ることができる(高橋氏の場合、肝心の北方領土の形が全くデタラメなのがすべてを台無しにしているが)。酒井やすゆき氏の『AICHIメガリング構想』についても、地図の主題上特に描画する必要があるとは考えられない刈谷ハイウェイオアシスが特筆大書されていること、他方で当地の重要な高規格道路である東海環状自動車道が描かれていないことなど、地図の端々から強い政治的メッセージが読み取られる(もっとも、刈谷ハイウェイオアシスの位置を間違えていては元も子もないが)。地図は「事実」を示すものであるが、そこに示された「事実」の束は、取捨選択され編集された恣意性を帯びていることに留意が必要である。中には、「事実」自体が誤っている論外の出来のものもあるが……。
 まとめると、地図を扱う上では、地図の有する客観的科学的性質を理解・尊重し、さらにその背後にある政治性にも目を配ることが求められる。古来、地図の素養は帝王や為政者に必須といっていいものであった。ならば、すべての主権者が帝王であり為政者であるはずの民主主義社会においては、万人に地図の素養が求められることになる。「凡兵主者必先審知地図」という管子の言葉は、民主日本においてはわれわれ全員に要求されるものでもある。それにつけても、本当に頼みますよ、防衛省。分度器で角度測っている場合じゃないって。

 なお、地図の歴史や地図の扱い方についてさらに知りたい人には、まずは下に挙げる文献を紹介したい。よき先達になるだろう。もちろん、この他にも紹介すべき文献は多いので、これらを手掛かりにさらに先に進んでほしい。

●地図に関する基本書

(5)まず隗より始めよ――imidasのトンデモ地図から

 最後に一枚の地図を取り上げて本稿を締めたい(第3図)。
 この地図は、imidasの『時事用語事典』の項目「北朝鮮の核実験(2006年)」などに2019年8月時点で掲載されていた朝鮮半島の地図である(本稿の公開時には差し替えられていると信じる)。全面が非科学的な地図の見本のような惨状を呈している。

 まず、済州島(済州道)の位置が違い形状も雑である。恐らく最初は「半島部分」の材料しかなく、後で描き加えたのだろうが、ここだけ海岸線が雑なので浮いてしまっている。それならまだ許せるが、島自体の位置が違う(現実より北に描かれている)のは話にならない。「図枠」内に収まるように済州島を無理やり描いたようだが、imidasの編集部は「枠」に収めるためになら事実を捻じ曲げてもよいという方針なのだろうか。もっとも、鬱陵島に至っては存在自体が抹消されているので、描かれただけまだマシなのかもしれない。
 更に大笑いなのは日本の描写で、もはや哀れみすら感じる。対馬の形がトンデモなのは序の口で、何と「日本の本州を水没させてしまっている」。九州と本州は関門海峡を挟んで1㎞程度しか離れていない事実、山口県の神田岬と釜山は200㎞も離れていない事実など、imidasにとってはどうでもいいことなのだろう。
 この地図は、項目の執筆者ではなく編集部等の関係者が作成して添えたものと思われる。執筆者自身の名誉も疑われるような事態だし、またこのような非科学的な地図を堂々と載せている記事全体や、掲載媒体 (imidas)自身にどの程度読む価値があるかも根本的に問われる。imidasは「激動する“今”を読み解くための最新情報知識事典」だそうだが、本当にそうなっているのかは一度虚心に見直してもらいたい。日韓関係、日朝関係が不透明さを増し、健全な情報と冷静な議論、それを伝えるメディアの役割が一層重要になってきている昨今、本来ならimidasがその役割を果たすべきところ、嘆かわしいものである。
 imidasは、日本社会にあふれるヘンテコ地図の現状に関心と危機感を持ち、筆者に2度も執筆の機会を与えてくれた。地図に関する意識が非常に高い方に分類される媒体であろう。そのimidasをしてこの惨状であることに鑑みるとき、日本社会全体での地図のいい加減な扱いと、その背後にある科学の成果と「事実」を軽んじる姿勢の蔓延に、絶望しそうになる。それでも、imidasの地図もさすがに今回の指摘を契機に多少はマシになることが期待できるし、朝日新聞の記事(2019年8月17日)によれば『防衛白書』の地図も向後は専門家の監修を受けて改められるとのことである(追記:2019年9月末に公開されたPDF版を確認した限り、多くの地図図版が差し替えられ、内容面でも改善がみられた)。そう考えれば、巷間の地図の誤りを地道に指摘し続ける筆者の努力も全く無駄というわけではないのだと信じたい。
 人がいきなり賢くなれないように、社会全体の知的水準が突然向上することもない。一人一人が地道に不断の努力を重ねていくしかない。地図が読めた程度でその人の学術水準が一気に上がるわけではもちろんないが、地図の重要性を理解し、そこに描かれた事実を(その「事実」の描かれ方にみられる政治性への批判的態度を失うことなく)尊重して扱うという姿勢を持つ人が一人でも増えていけば、それが積み重なって社会全体での科学的成果を尊重する姿勢と科学的知見をもとにした合理的な意思決定が普及し、民主主義の進展につながるかもしれない。その可能性を信じる程度には楽観的でありたいものである。

著者情報

愛知大学文学部准教授

近藤暁夫

こんどう あきお

1980年、愛知県生まれ。立命館大学文学部卒業、同大学大学院文学研究科地理学専攻博士課程修了。博士(文学)。2011年から愛知大学文学部人文社会学科地理学専攻助教、15年から現職。

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