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「歴史修正主義」とは何か 映画『主戦場』裁判から考える

朴順梨(ライター)

 2022年1月27日午後、東京地方裁判所の前で男性たちが、「勝訴」と書かれた巻紙を手にしていた。中心にいたのは、日系アメリカ人のミキ・デザキさんだった。自身が監督した映画『主戦場』をめぐり、出演者から上映差し止めと計1300万円の損害賠償を求める訴訟を提起されていたが、東京地裁は原告の請求を全面的に棄却したのだ。
 フロリダ州で生まれ育ったデザキさんは2015年、上智大学大学院進学のために再来日し、映画製作を進めた。2019年4月に公開された『主戦場』には、ジャーナリストの櫻井よしこ氏やカリフォルニア州弁護士のケント・ギルバート氏など、慰安婦の存在を否定する人たちと、歴史学者の吉見義明氏や元朝日新聞記者の植村隆氏など、慰安婦問題と向き合ってきた人たち約30人が登場。それぞれの主張を戦わせる「言論バトル」のような映画の内容が、SNSなどで大いに話題となった。
 しかし出演者のうちケント・ギルバート氏や教育評論家の藤岡信勝氏など5人は、2019年6月にデザキさんと配給会社を提訴した。彼らは「卒業制作、修士卒業のためのプロジェクトと聞いていて、商業映画になるとは思っていなかった。デザキさんに騙されて映画に出演した」と訴えていた。同時に彼らは、映画の中で自分たちのことを「歴史修正主義者」「否定論者」としたことは、原告らの著作者人格権を侵害しているとも主張した。
 うち3人は2019年5月の記者会見で、映画の中で自分たちに「REVISIONISTS(歴史修正主義者)」「DENIALISTS(否定論者)」の文字を重ねたことに対し、「日本語で歴史修正主義者と訳された言葉を耳にしてもあまりピンと来ない日本人も多いかもしれない。しかし、英語でrevisionistと言えば、火つけ強盗よりまだ凶悪な人物。ユダヤ人を大量虐殺した、ホロコーストを否定するような人非人。倫理観念の全くない、人間性を失った人間という意味になる」(藤岡信勝氏)と、怒りをあらわにしていた。

 日本では、映画『主戦場』に登場した藤岡信勝氏らによる「新しい歴史教科書をつくる会」が発足した1990年代後半以降、日本が起こした戦争を侵略戦争とすることを「自虐史観」と非難する動きが生まれ、それが「歴史修正主義」と呼ばれるようになった。しかし、確かに「日本語で歴史修正主義者と訳された言葉を耳にしてもあまりピンと来ないかもしれない」のは事実で、私自身も言葉の背景を、深く掘り下げたことがなかった。
「歴史修正主義」とは本来、どういう意味を持つ言葉なのか。『歴史修正主義』(中公新書)の著者でドイツ現代史・ホロコーストを研究する武井彩佳学習院女子大学教授に聞いた。

武井彩佳学習院女子大学教授の研究室にて

日本では区別されない「歴史修正主義」と「否定論」

 武井さんによれば、日本では、「歴史修正主義」の中に「否定論」も含まれているが、ヨーロッパでは「歴史修正主義(revisionism)」と「否定論(denial)」とは分けられるようになったという。
 歴史修正主義は、「歴史的事実の全面的な否定を試みたり、意図的に矮小化したり、一側面のみを誇張したり、何らかの意図で歴史を書き替えようとすること」を指す。ただし、「『歴史修正主義』の中には、ある視点から強引に一点突破しようとするものから史料を再検証したものまでグラデーションがあり、境界線を定めて『ここからが歴史修正主義だ』という認定は誰にもできない」と武井さんは言う。
 一方、否定論というのは、「最初から事実と異なる歴史像を広める意図であからさまに史実を否定する主張」として、「歴史修正主義」とは区別されている。ヨーロッパにおいて「否定論」というのは、法で罰する対象になる国もあり、非常にネガティブな言葉であると語る。

ホロコースト否定論の台頭

 ヨーロッパにおける否定論は主にホロコーストをめぐって展開されてきた。ホロコースト否定論は、どのように生まれたのか。

「ヨーロッパでは終戦直後からナチズムやホロコーストを矮小化する言説はあり、戦争犯罪に加担した当事者は、自分たちの罪を隠蔽する意味でも歴史を否定したり、歪曲したりしてきました。そんな彼らが年を重ねて社会の中心から後退していき、戦後世代が増えてくると、今度は当事者ではない人たちがホロコーストを否定するようになりました。この頃アフリカ諸国などからの移民が欧米に増えたことで、レイシズムが台頭し、それが反ユダヤ主義と連動していったのも原因です。
 1970年代から80年代にかけて、元ナチス親衛隊員が『アウシュビッツの嘘』というパンフレットを出したり、リヨン大学教授などがフランスでホロコーストを否定しました。カナダではツンデル裁判が話題になり、裁判自体が否定論者のパブリシティとして機能してしまった部分もあります」

ヨーロッパでは否定論は批判され、法で裁かれる

「600万人も死んでいない」「アウシュビッツにガス室はなかった」「ユダヤ人がドイツに戦争をしかけた」「イスラエルは嘘をついて、ドイツから補償金を搾り取る」などの否定論者の主張は、科学的な根拠がなく、歴史の再検証とは無縁なものである。しかしこれらの主張は一部の人間に、熱狂的に受け入れられたという。
 こうしたホロコースト否定論の台頭に対して、ヨーロッパでは法的規制が進んだ。

「ドイツでは民衆扇動罪というヘイトクライムを禁止する法律が1960年に成立し、ホロコースト犠牲者への名誉棄損や侮辱について処罰されていましたが、歴史を否定することも処罰するようになったのは、それらの言説がスピードを持って広まるようになった1980年代以降です。1994年に、民衆扇動罪の中に『ナチ支配下でおこなわれた行為を是認し、否定し、矮小化する行為』が加えられ、さらに2005年には『集会などでナチ支配を賛美・正当化し、公共の平穏を乱す行為』が加えられました。たとえば、密室に仲間内で集まって『ホロコーストはなかった』という話をしても罪に問われることはありませんが、教師が生徒の前で言ったり、SNSで拡散したりした場合に民衆扇動罪が成立します。
 フランスでも1990年にホロコーストなどの『人道に対する罪』の否定を禁止する、『ゲソ法』が成立しています」

ナチズムの過去を克服する中で否定論の規制が進んだ

 ヨーロッパでは、こうして公共の場でユダヤ人差別などのレイシズムを助長する言説を規制してきた。日本でも、差別を助長するヘイトスピーチに対して、2016年に「ヘイトスピーチ解消法」(本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律)が成立したものの、罰則のない理念法にとどまっている。日本では歴史否定を禁止するどころか、差別を扇動しても罰を受けることはない。そのことから「日本はドイツを見習え」と憤る声も、よく聞かれる。

「ドイツの戦後はナチズムを全面否定するところからスタートしていますので、日本とは単純には比較できない部分があります。ドイツは非常に長い時間をかけて、過去を克服しようとしてきた流れの中で、歴史の否定自体を規制してきました。しかし日本ではヘイトスピーチの規制すらできていないので、歴史の否定を規制することは、今の時点では難しいと思います」

 長い時間をかけて「過去を克服してきた」というポジティブな物語を共有していることも、ドイツが加害の事実を受け入れ、歴史否定を許さないことに繋がっていると武井さんは分析する。

「ドイツは至るところに犠牲者のための記念碑があって、それを作ることで『私たちは過去を克服した』というナラティブ(物語)を、人々が共有することができています。世代が交代して戦争を知らない人たちが増えていく中で、そのナラティブはポジティブなものとして受け入れられるようになったと思います」

解釈を相対化しようとする歴史修正主義

著者情報

ライター

朴順梨

ぱく すに

1972年、群馬県生まれ。早稲田大学卒業後、TV制作・情報誌編集を経てフリーライターとなり、「AERA」等に寄稿。元・在日韓国人三世。著書に『奥さまは愛国』(北原みのりとの共著、河出書房新社、2014年)『韓国のホンネ』(安田浩一氏との共著、竹書房、2013年)『離島の本屋』(ころから、2013年)などがある。

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