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「歴史修正主義」とは何か 映画『主戦場』裁判から考える

朴順梨(ライター)

 日本では戦争の犠牲になった朝鮮人の追悼碑を、行政が率先して撤去しようとするなど、碑を作るどころか破壊する動きもある。このままでは、歴史修正主義の波に飲み込まれてしまうのではないか。
 書店に行くと、「南京大虐殺はなかった」「慰安婦はいなかった」「関東大震災の流言で殺された朝鮮人は6000人もいない」などの言説を紹介する本が、ずらりと並んでいる。意図的な歪曲だと一蹴したいところだが、これらに同調するメディアに触れ続けているうちに、「もしかしたらこの本が正しいのかも……」と、揺らいでしまう人がいるのは想像に難くない。
 こうした歴史修正主義者は、本来ありえない言説を広めることで歴史家と同じ土俵に上がり、「2つの異なる解釈がある」と思わせることが目的だと、武井さんは指摘する。

「日本では歴史修正主義者というと、荒唐無稽な主張をする人から、歴史研究の行為の一環として歴史を見直そうとする人まで一括りにされています。だから欧米のケースとは直接的な比較ができないのですが、歴史の解釈をめぐる相対論が悪用されている部分があると思います。
 歴史修正主義は望遠鏡で一点のみを見つめているようなもので、その点については確かに正しかったりするけれど、全体を把握していないことが多々あります。たとえば、『慰安婦は契約していたから職業売春婦だ』と述べる人たちがいます。慰安婦にされた女性が支払いを預金する口座を持っていたという点を見れば、『契約関係だった』と言えるかもしれません。しかし口座にお金があっても自由に使えなかったり、移動に制限があったりしたことなど全体的に見ると、強制性があることがわかります。そういった要素をそぎ落として、都合の良い点を繋ぎ合わせて結論づける傾向が、歴史修正主義者には見て取れます」

歴史には、現在的な利益がある

 政治家の中にも「歴史修正主義者」は少なくない。彼らはなぜ歴史を修正しようとするのか。

「歴史修正主義というと、歴史という言葉が入っているので過去の話だと思うかもしれません。しかし歴史には、現在的な利益があります。なぜなら過去の評価を書き替えれば、現在の評価も変わるからです。そして現在の評価が変われば、将来的な選択肢も変わっていきます。歴史修正主義は、ある意味では未来志向だとも解釈することができます。これらのことから、政治家の中に歴史修正主義的な主張を持つ人がいるのは当然だと言えます。彼らは国家や国民に利益をもたらすなら、その手法は問わないのです。
 一方、歴史家は、未来の利益のために歴史の探求をしているわけではありません。そもそもの問題設定が違うのです」

歴史の修正は、実証作業の積み重ねによってなされる

 武井さんは、「歴史を新たな知見で『修正』すること自体は、必ずしも悪いことではない」という。新史料の発見や時代とともに変化する社会の記憶によって、歴史は常に書き加えられ書き直される。しかし「歴史の修正」をおこなうのは、運動家や評論家ではなく、実証作業を積み重ねた歴史家であるべきだと武井さんは言う。

「歴史修正主義者が自身にとって都合の良い点を繋ぎ合わせるのに対し、歴史家は多数の一次史料から関係性を読み取っていきます。その作業は大きなジグソーパズルを完成させていくようなもので、隣のピースとの関係性の中で、色や形を思い描きながらパズルを埋めていきます。
 歴史の場合は史料が揃わないことも多いので、パズルのように全部が埋まることはほとんどありません。しかし抜けたピースがあっても、遠くから俯瞰することで、どんな絵柄なのかがわかります。また、もし新しい史料が見つかったとしても、それによって歴史観が180度転換するということはほぼありません。歴史は非常に長い実証の積み上げによって証明されるからです。
 これまで大学で教えてきた中で、歴史修正主義的な言説に完全に取り込まれている学生はほとんどいませんでした。だから私は、社会常識は機能していて、『この人の主張は極端である』とか『具体的な反証はできないけれども、到底受け入れがたい』といった良識的な判断基準を、多くの人は持っていると信じています。
 ただこれまで歴史家の多くは、いわゆる歴史修正主義的な主張を『学術界から出たものではないから』と、あまり相手にしてこなかった。そういう意味でも歴史を研究する側や教育現場に課せられた責任は、非常に大きいものだと思っています」

著者情報

ライター

朴順梨

ぱく すに

1972年、群馬県生まれ。早稲田大学卒業後、TV制作・情報誌編集を経てフリーライターとなり、「AERA」等に寄稿。元・在日韓国人三世。著書に『奥さまは愛国』(北原みのりとの共著、河出書房新社、2014年)『韓国のホンネ』(安田浩一氏との共著、竹書房、2013年)『離島の本屋』(ころから、2013年)などがある。

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