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一語千金

国際収支発展段階説

[Theory of Development Stages of Balance of Payments]
国家にも「一生」がある

玉手義朗(エコノミスト)

「新入社員の頃はお金がなくて、毎月赤字だったなぁ…」。定年退職を迎えた知人が振り返る。20代後半には給料が増え始めて赤字は解消、腕利きの営業マンとなった30代半ばには収入も貯金も増加、株式投資による配当などの副収入も得られるようになった。しかし、定年後の収入は年金だけ、貯金を取り崩しながらの生活になるという。
 サラリーマンの典型的な家計の変遷だが、国際収支も同じような変遷をたどると考えられている。「国際収支発展段階説」だ。国際収支は「国家の家計簿」であり、輸出と輸入の差を示す「貿易収支」、海外との間で生じた所得や利払いなどをまとめた「所得収支」、それらを合算した「経常収支」などがあり、これらが経済の成長に応じて段階的に変化していくと考えられている。 
 第1段階は「未成熟な債務国」。新興国などは経済力が弱くて輸出は低水準、一方で様々なものを輸入せざるを得ないことから貿易収支は赤字、海外からの借金で所得収支も赤字、全体としての収支である経常収支も赤字で、貯金に相当する対外資産もマイナスの「債務国」となっている。給料が少なくて毎月赤字、貯金はゼロで借金が増えて行く新入社員のような状態が第1段階なのだ。
 経済力が向上してくると第2段階の「成熟した債務国」に入る。国内産業が発達して輸出が増加、輸入を上回って貿易収支は黒字となる。しかし、借金が残っていることから経常収支は赤字のままで、債務国からは脱却できずにいるのだ。
 経済力がさらに向上すると貿易黒字が一層拡大、経常収支も黒字になって本格的な借金返済が始まる。これが第3段階の「債務返済国」であり、さらに発展が続き、借金を完済すると第4段階の「未成熟な債権国」へと進む。仕事は絶好調、高額の給料を受け取り、借金を完済して貯金や投資ができるようになった「働き盛り」を迎えるというわけだ。
 そして、第5段階の「成熟した債権国」へと進む。築き上げてきた対外資産からの利益で所得収支が大幅な黒字となり、働かなくてもお金が入ってくるのだが、同時に暗い影も差し込んでくる。豊かになるにつれて勤労意欲や生産力が低下、輸出競争力の低下が見え始めて貿易黒字は減少し、やがて赤字になる。所得収支の黒字が大きいことから、全体の収支である経常収支は黒字を維持できる。会社からの給料は減るが、配当や利息などの副収入でゆとりある生活ができる「熟年世代」が第5段階なのだ。
 ここで生産力向上などの努力がなされないと、第6段階の「債権取り崩し国」に入って行く。貿易収支の赤字は一層拡大、所得収支の黒字でも埋めきれずに経常収支も赤字に転落、対外資産を取り崩して対応することになる。給料も副収入も減少、家計全体が赤字になることから、蓄えである債権を取り崩して行く退職後のような状態というわけだ。
 驚異的な発展を続ける中国は「働き盛り」の第4段階、経常赤字国のアメリカは「定年退職」の第6段階で、対外資産を取り崩して生活を維持している。
 日本は、第5段階にさしかかったところだろう。貿易収支が赤字に転落、経常収支は黒字を維持しているが、その額は減り続けている。サラリーマンなら、営業の第一線を退いて、定年に向けての日々を送り始めていると言えるだろう。このまま定年退職を迎え、貯金を取り崩す生活に入るのか、もうひと頑張りできるのか? 日本は大きな岐路にさしかかっている。

著者情報

エコノミスト

玉手義朗

たまて よしろう

1958年生まれ。筑波大学卒。東京銀行、マニュファクチュラース・ハノーバー銀行などで、外国為替取引に携わる。その後、テレビ局で経済部デスクなどを経て、現在はフリー。著書に『円相場の内幕』(1995年、集英社)、『経済入門』(共著、2004年、ダイヤモンド社)がある。

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