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一語千金

トリクルダウン理論

[trickle-down theory]
桶屋は本当に儲かるのか?

玉手義朗(エコノミスト)

「風が吹けば桶屋が儲かる」ということわざがある。強風で砂ぼこりが巻き上げられ、これが目を傷める人を増やし……と意外な波及効果が続き、最後には桶の注文が増えて桶屋が儲かるというお話だ。ある出来事が思わぬ恩恵をもたらすことのたとえとして使われる一方で「そんなことは起こるはずがない」という、否定的な意味合いで使われることも少なくない。
「お金持ちが潤えば、庶民も潤う」というのが「トリクルダウン理論」だ。トリクル(=trickle)は、水などが少しずつ漏れ出すという意味で、富裕層や大企業の富や利益が増えれば、それが経済全体に波及して景気を刺激し、貧困層や中小零細企業も恩恵を受けるというもの。したがって、富裕層への減税や、大企業優遇策などが、景気対策の面でも、弱者救済の面でも望ましいとするのである。
 年収5000万円の大企業の経営者Aさんと、自動車メーカーの下請け企業の派遣社員で年収200万円のBさんがいるとする。トリクルダウン理論は、Aさんに対する所得減税がより効果的な経済政策だとする。Aさんの所得税を10%減税すれば収入が500万円増加、Aさんはこのお金でBさんが下請けをしている自動車メーカーの車を購入する。売り上げが増えた自動車メーカーは、利益を下請け企業に還元する結果、Bさんの収入が増える。富裕層や大企業に対して「風」を吹かせれば、庶民や中小企業という「桶屋」が儲かるというわけだ。
 しかし、富裕層に減税をしたとしても、それが消費の拡大に直結するかどうかは不確実。また、大企業の業績が好転しても、下請け企業へ利益が還元されないことも考えられる。風が吹いても、桶屋は儲からない可能性があり、トリクルダウン理論は富裕層や大企業優遇の言い訳に過ぎないと批判されている。
 トリクルダウン理論に批判的な人々は、「桶屋」を儲けさせる政策を先行させるべきだと主張する。企業経営者Aさんの減税ではなく、派遣社員Bさんの所得を増やしたり、働いている下請け企業の優遇を実施したりする方が、景気全体を底上げし、その結果として富裕層や大企業も恩恵を受ける。「トリクルダウン」ではなく「トリクルアップ」、「桶屋が儲かれば風が吹く」という政策が望ましいというわけだ。
 トリクルダウン理論を背景とした政策を実行したのが1980年代のアメリカのレーガン政権だ。富裕層に対する大胆な減税を実施することで、トリクルダウンを生み出そうとした結果、景気は改善し失業率も低下した。しかし、低所得者の全てにその恩恵が行き渡ったとは言えず、財政赤字増大などの副作用も生むこととなった。
 安倍政権が推し進めているアベノミクスについても、トリクルダウンを狙っているとの指摘がある。また、トヨタ自動車のように、下請け企業に対する値下げ要請を取りやめることで、「賃上げ」が実現できるように配慮し、トリクルダウンを促そうとする動きもある。
 風が吹けば、桶屋が儲かるのか? トリクルダウン理論を巡る論争は、これからも続くことだろう。

著者情報

エコノミスト

玉手義朗

たまて よしろう

1958年生まれ。筑波大学卒。東京銀行、マニュファクチュラース・ハノーバー銀行などで、外国為替取引に携わる。その後、テレビ局で経済部デスクなどを経て、現在はフリー。著書に『円相場の内幕』(1995年、集英社)、『経済入門』(共著、2004年、ダイヤモンド社)がある。

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