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黄色い蝶に導かれて 2025年ガルシア=マルケスの土地を訪ねる旅 第2回 シパキラ

野谷文昭( ラテンアメリカ文学研究者)

 

 吹き抜けになっているパティオはこのあと訪れるシパキラ国立男子高校と同じコロニアル様式で、そこにはゼラニウムが溢れるように咲く植木鉢がいくつも置かれていた。このテラコッタの鉢は、昔は壺として製塩に使われていたという。今回は寄らなかったが、昔の塩の坑道を利用して作った〈塩の教会〉がこの街の観光の目玉になっている。ただし、ガルシア=マルケスが、休日も出かけるところがなく、寄宿舎で本を読むばかりだったころにはまだできていなかった。 
 高校はコムネロス広場の北側にあり、今は教育文化施設になっている。残念ながら現在改修工事中で、建物の一部はシートで覆われていた。このような文化資産の維持管理をきちんと行っているところにも好印象を受ける。ヒップホップ音楽が聞こえる部屋があったので中を覗くと、ダンス教室の真っ最中だった。ここの壁にもガルシア=マルケス、黄色い蝶、マコンド(アラカタカ)が描かれていた。建物にはこのほかにもガボのイラスト、彼がシパキラの高校時代について語った言葉のプレートなど、至る所にガルシア=マルケスというレガシーが見られる。

シパキラ高校の玄関にはガルシア=マルケスの言葉「私が学んだことのすべては高校にある」、奥には彼のイラストが 撮影:篠田有史

 パティオでまた地元メディアがインタビューをしたいということで、それに応じる。マイクはクリスティアンにも向けられた。すると永遠に続きそうな彼の熱い演説が始まった。クリスティアンは、ガルシア=マルケスがこの地で過ごした年代と同じ歳の生徒たちを教えている。高校時代がいかに大切かを説く彼は、その重要性を体験学習を通じて生徒たちに理解させることをストイックに実践している。
 ハイヤーのドライバーは辛抱強く僕たちを待っていてくれた。ボゴタに戻る前に、預けてあった記念品を首尾よく受け取るべく、市庁舎の前で車中からクリスティアンに声をかけた。だが、この広場の周りの道に車は停車できないため、僕たちを乗せた車はジリジリと市庁舎から離れていく。市役所の皆が大名行列のようにこちらに向かってくるのが見える。ドライバーはようやく広場の先に車を停めた。彼女たちは記念品を両手で大事そうに抱え、しまいには小走りで僕たちの車までやってきてくれた。車の窓を開けて受け取ろうとするメンバーもいたが、僕は車から降りた。記念品は感謝しつつ誠意をもって受け取るべきだと思ったからだ。こうして贈呈式はもう一度執り行われ、彼らも僕も職責を果たした。

見送ってくれた市役所のひとたち 撮影:篠田有史

 僕たちはボゴタに帰った。実はこの日の午前中に、ボゴタ市内にあるエル・エスペクタドール紙の現在の社屋を訪れていた。辣腕ジャーナリスト、ネルソン・フレディ・パディージャからの30分を超えるインタビューの収録やガルシア=マルケスのゆかりの人物との対面もあった。長い一日が終わった。
 ホテルの部屋に戻った僕は夕食も食べず、着替えもせずにベッドに倒れ込んだ。そして、高校生の頃のような深い眠りを得た。

著者情報

ラテンアメリカ文学研究者

野谷文昭

のやふみあき

1948年、神奈川県生まれ。バルガス=リョサ『ケルト人の夢』(岩波書店)翻訳で、2022年の第59回日本翻訳文化賞を受賞。主な訳書に、ガルシア=マルケス『予告された殺人の記録』(新潮文庫)『ガルシア=マルケス中短篇傑作選』(河出文庫)、マヌエル・プイグ『蜘蛛女のキス』(集英社文庫)、ホルヘ・ルイス・ボルヘス『七つの夜』(岩波文庫)など多数。著書に『ラテンにキスせよ』(自由國民社)、『越境するラテンアメリカ』(PARCO出版局)、『マジカル・ラテン・ミステリー・ツアー』(五柳書院)などがある。

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