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常識を疑え!

豊田社長はなぜ謝罪を繰り返したのか?

香山リカ(医師)

 アメリカでのアクセルペダル不具合や急加速に続き、国内でのブレーキにも苦情が相次ぎ、大規模リコールに発展したトヨタ車の問題。ついに、豊田章男社長自ら訪米し、アメリカ下院の公聴会に出席、発言を行った。

 一連の問題を調査している下院監督・政府改革委員会は、トヨタが運輸省の道路交通安全局に対して被害者からの訴訟に関する情報の提示を怠った、と指摘。リコール問題は、単なる不具合の発生にとどまらず、それを意図的に消費者や当局に隠そうとしていたのではないか、という“企業ぐるみの隠蔽(いんぺい)問題”へと発展しつつある時期だった。

 それだけに豊田社長の発言には全米が注目したのだが、グレーの地味なスーツに身をつつみ、緊張した表情で登場した社長は「運転中の人に心配をおかけすることになった」「販売店の対応も悪かった」と言いながら、通訳を介して何度も「申し訳ない」と謝罪。その間、神妙な表情も一度として変わることはなく、「答えになっていない」といった議員のシビアな追及にキレるようなこともなかった。

 さすがにアメリカで起きた事故と不具合との関連性についてははっきり認めることはなかったが、ときに威圧的な言動も用いながら責任を全面的に回避しようとする“アメリカ式”とはまったく違っていた、豊田社長の答弁や態度。経済紙ウォールストリート・ジャーナルは、「用心深い歌舞伎役者」と皮肉を込めて表現しながらも、一方では「議員からは一定の尊敬を得た」と肯定もしている。世界のトップ企業経営者らしからぬ低姿勢ぶりを、アメリカのマスコミもどう理解し、評価してよいかわからなかったのではないだろうか。

 海外経験も長く、まだ50代の豊田社長が、いかにも“昭和のニッポンのサラリーマン”のような態度を取ったのは、一種の戦略だったのではないだろうか。国内ではそんな声もあるようだが、それは違うと思う。アメリカでは「負けを認めたらその時点で負け」「とにかく強気で前向きな言動こそ唯一の勝利への近道」という価値観、コミュニケーション戦略が徹底している。日本も右へならえとばかりに、近年とくにビジネスの現場では、“強気で攻めるコミュニケーション”が流行になっている。

 しかし、企業や学校での不祥事が明るみに出るたびに、記者会見の場でトップが並んで「申し訳ございません」と頭を下げる情景は変わっていない。もし、そこで「私たちには非はない。利用者の自己責任だ」などと主張したら、たいへんなバッシングを受けることになるだろう。日本における強気のコミュニケーションは、あくまで自分が明らかなあやまち、失敗は犯していないときにしか通用しないのだ。

 自分が有利なときには強気で、落ち度があるときは徹底謝罪で、といった二面的なコミュニケーションにならされている私たちが、アメリカに出かけたくらいで「常に強気で攻めるのみ」のやり方を行えるとは思えない。自分に非があるときはとにかく謝り倒す、というのは、私たちの心の相当深いところまで染み込み、一朝一夕には交換不能の文化、価値観なのだろう。

 たとえば日本には、出世した際の緊張感とプレッシャーからうつ病が発生する、「昇進うつ病」という独特のうつ病があることが知られている。文化の違いと言っても、ときとしてそれは精神や脳の深い部分と結びつき、病を作り上げることもあるのだ。そう簡単に、「郷に入れば郷に従え」とはいかない。

 さて、グローバルスタンダードではなくて“日本式コミュニケーション”で公聴会に臨んだ豊田社長の振る舞いに対して、今後アメリカはどういう評価を下すのだろう。日本車というよりは、日本の文化、価値観が問われているこの問題。注目していきたい。

著者情報

医師

香山リカ

かやま りか

1960年北海道生まれ。東京医科大学卒業。学生時代より雑誌等に寄稿。その後、精神科医として臨床に携わりながら、一般読者向けの著作活動を行う。著書に『女は男のどこを見抜くべきか』(集英社)、『執着 生きづらさの正体』(集英社クリエイティブ)、『「いじめ」や「差別」をなくすためにできること』(ちくまプリマー新書)、『61歳で大学教授やめて、北海道で「へき地のお医者さん」はじめました』(集英社クリエイティブ)など多数。

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