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常識を疑え!

えん罪事件はなぜ起こるのか?

香山リカ(医師)

 もし、あなたがまったくやってもいない犯罪の容疑でいきなり拘束され、毎日、長時間にわたる取り調べを受けることになったら、どうするだろうか。「やっていないものはやっていないとしか言いようがない。早く帰してくださいよ、仕事だってあるんです」と毅然とした態度で、一貫して主張し続けることはできるだろうか。今は「もちろん」と答えている人でも、実際にそういう状況になれば、予想もしなかったような反応を示すかもしれない。多くの人は恐怖と動揺でパニックとなり、「ほら、やったんだよ、キミが」とすべてを見通しているような取調官が“神”に見えてきて、「この人が言うならその通りかも」と思ってしまうかもしれない。それくらい、密室での人間の心理はもろいものなのだ。

 このたびの再審でようやく「無罪」が正式に認められた足利事件の菅家利和さんも、そうだったのだろう。最初の裁判で有罪の決め手となったのは自白とされているが、この取り調べ空間での自白には、いろいろな問題があることがわかっている。取り調べをする側は、いま目の前にいる人間が事件の犯人であるはずだ、という前提で質問を繰り出し、答えを要求する。しかも、取り調べる側は複数おり、自分はその空間ではひとりぼっちだ。そうなると、人間の記憶や信念など、非常に簡単にゆがんでしまう。

「そんなバカな」と言う人は、テレビのクイズ番組を思い出してほしい。回答者が高い台の上にひとりで座らせられるような形式のクイズでは、ときどきごく常識的な問題にとんでもない誤答をする人がいる。「大学の先生が1年が何日あるかも知らないなんて」などと視聴者はあきれて大笑いするが、異様な状況で孤立させられると、たいていの人はいつもとまったく違った心境、思考、人格になってしまうのだ。

 もし、被疑者が毎日、自宅に帰り、そこから取調室に通うならまた事情は違うであろうが、その人たちは長時間の取り調べのあとは拘置所の個室に戻され、家族や友人と電話をすることさえできないまま、夜をすごす。「おまえがやったんだろう」と自分以外のすべての人が思っている空間に何日もいる中で、「そう言われてみればそうかも」と記憶が書き換えられても少しもおかしくない。

 菅家さんの場合、「やっぱり私はやっていない」と弁護士に手紙を書くきっかけになったのは、ある女性からの「あなたがやったとは思えないんだけど」といった内容の手紙だったと言われている。外部の空間からのそういった問いかけがなければ正常な判断ができないまま、という可能性もあったわけだ。

 本来、取り調べはそういう被疑者の特殊な心理状態を十分、考慮した上で行われるべきであるはずだ。目の前の相手が動揺、混乱しやすいタイプなのか、冷静で客観的なタイプなのか、といったパーソナリティーを見きわめ、それに合わせた取り調べ、あるいは自白の信憑性の判定というものもあってしかるべきだと思う。ところが、実際には、取り調べは“なんとかして自分の犯行であることを隠そうとするタフで悪質な人間”を前提にして、とにかく強硬路線で行われてきたのではないだろうか。

 では、万が一、えん罪で逮捕され、取り調べを受ける側になってしまったら、どうしたらよいのだろう。取れるべき方法は少ないが、目の前の状況にどっぷりのみ込まれずに、なるべく引いた視点から客観的に自分をながめる、といった態度は有効だ。そのためには最近、よく弁護士が被疑者にわたす「取り調べノート」をつける、というのも一案だ。後から文字にすることを意識するだけで、「あれ、私ったらいま、つい事実でもないことを答えようとしているぞ」と自分にツッコミを入れることができるからだ。

「早く過去を忘れたいから放っておいて」と言ってもよいはずの菅家さんだが、自分と同じような状況に陥る人が出ないよう、今後も活動を続けるという。菅家さんのこれからの人生が実りあるものになるよう、祈りたい。

著者情報

医師

香山リカ

かやま りか

1960年北海道生まれ。東京医科大学卒業。学生時代より雑誌等に寄稿。その後、精神科医として臨床に携わりながら、一般読者向けの著作活動を行う。著書に『女は男のどこを見抜くべきか』(集英社)、『執着 生きづらさの正体』(集英社クリエイティブ)、『「いじめ」や「差別」をなくすためにできること』(ちくまプリマー新書)、『61歳で大学教授やめて、北海道で「へき地のお医者さん」はじめました』(集英社クリエイティブ)など多数。

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