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常識を疑え!

ツイッターはなぜ流行るのか?

香山リカ(医師)

 新世代のコミュニケーションツールといわれるツイッター。140字以内の“つぶやき”が手軽、と世界中で大人気だ。私自身は、お試し程度に何度かやってはみたものの、「いまは自分には必要ない」と判断して、それ以来アクセスしていない。

 ヘビーユーザーです、と言う編集者や研究者に会うたびに、「このブームは一過性なのか、それとも永続的なものか」と尋ねると、興味深いことに7、8割が「一過性だと思う」と答える。中には、「仕事の一環として、著者の先生のつぶやきをフォローしてるだけ」「自分の活動の広報宣伝です」と言い切る人もいる。その冷めたもの言いを聞いていると、これはどうもコミュニケーションの概念を変える、とまでは行きそうにない、という気がしてくる。

 そんな中、「いや、これはけっこうすごいですよ」とめずらしくその魅力を熱く語る若手テレビマンがいた。

「たとえば、僕がツイッター上で、“カヤマさーん。今夜、ゴハン食べに行きませんか”とつぶやいたとするでしょう。香山さんは、それを見ても見なくてもいいし、見たとしても、答えても答えなくてもいいんです。さらに、別の人が“私は今夜あいてますから、食事につき合いましょうか?”と横やりを入れるのもOKです」

 つまり、コミュニケーションとはいえ、完全に双方向ではなく、時によって一方向だったり別の人とつながりができたり。答えてくれたらラッキーだし、答えてくれなくても気にすることはない。誰もが“心の負担”を感じずにコミュニケーションできる場。それがツイッターということなのだろう。

 とはいえ、「今夜、ゴハンどう?」などと呼びかけて、ひとりも「行きましょう!」と応じてくれなかったら、どうなるのだろう。そのことを尋ねると、ヘビーユーザーだという彼は答えた。

「いや、ツイッターのマナーとしては、そこで傷つくのはおかしいんです。もし、自分の発言が無視されたとしても、まあ、そんなものか、と自分もスルーして、次の会話に加わる。それ以上、考えたり深読みしたりするのはNGですね。

 もちろん、誰かが自分の意にそぐわないことを発言したときも、無視が原則です。だから、会話が荒れることもないんですよ。

 そういえばこのあいだ、50代の先輩が“どうしてオレが質問してるのに答えないんだ”と怒って電話をかけてきたなあ。そんな人にはツイッターを使ってほしくないですね」

 ただ、いくら新しいツールだからとはいっても、「マナーだから」「深読みはNG」と言われるだけで、「呼びかけたのに応えてもらえなくても何とも思わない」「意にそぐわない発言は見なかったことにする」などといったことが可能になるのだろうか。それは一見、スマートだが、やはり私たちは心の中では、「無視されちゃった」「ひどいことを言われた」と落ち込んだり傷ついたりしているのではないだろうか。利用者は、それを“見ないふり”しているだけのように思う。

 あるいは、軽く会話を流していくのがマナーというツイッターが世界中で流行っているのは、傷つく機会が巧妙に避けられた表面的なやり取りがいちばん心地いい、と思う人が増えているということなのかもしれない。

 私がいまいちばん危惧しているのは、いつか利用者が“見ないふり”をしてきた怒りや傷つきが爆発して、たいへんなことになるのではないか、ということだ。ツールが替わるだけで、人間の心理メカニズムまでがすぐに入れ替わることはない。私はそう思っている。

著者情報

医師

香山リカ

かやま りか

1960年北海道生まれ。東京医科大学卒業。学生時代より雑誌等に寄稿。その後、精神科医として臨床に携わりながら、一般読者向けの著作活動を行う。著書に『女は男のどこを見抜くべきか』(集英社)、『執着 生きづらさの正体』(集英社クリエイティブ)、『「いじめ」や「差別」をなくすためにできること』(ちくまプリマー新書)、『61歳で大学教授やめて、北海道で「へき地のお医者さん」はじめました』(集英社クリエイティブ)など多数。

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