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常識を疑え!

裁判員はなぜ冷静に判断できたのか?

香山リカ(医師)

 初の「著名人が被告人となる裁判員裁判」として大きな注目を浴びた、元俳優の押尾学被告が保護責任者遺棄致死などに問われていた裁判。2010年9月17日、東京地方裁判所で下された判決は「2年6月の実刑」であった。

 検察側は、死亡した女性が薬物を使用して急変した時点で119番通報すれば救命も可能だったはず、と懲役6年を求刑したが、その点に関しては「立証不可能」とされた。「疑わしきは被告人の利益に」という「無罪推定の原則」が守られた、ということでもある。

 判決のあと、裁判員の一部は顔を出しての記者会見に応じたが、みな「おびただしい報道に左右されず考えることができた」「被告人が著名人ということは忘れて臨んだ」といった趣旨の発言で自分たちの下した判断に自信をうかがわせた。その冷静さには、誰もが驚き、つい「この人たち、本当に無作為に選ばれた裁判員? 専門的な知識を持った特別なメンバーなのではないだろうか」とさえ思ってしまったのではないだろうか。

 一方では、またえん罪事件も明らかになった。北九州で看護師が高齢の入院患者さんの爪をはいだとして傷害罪に問われていた裁判で、9月16日、福岡高等裁判所が看護師に無罪判決を下した。爪を短くしようとしたのは、「爪はぎ」などではなくて、看護ケアの一環であることが明らかになったのだ。「自分の楽しみのために爪をはいでいたのだろう」と追及され続けた取り調べの厳しさに耐えかねて、看護師はつい「そうです」と答えてしまったが、裁判ではそれは事実とは違う自白、いわゆる「虚偽自白」であると主張して認められた。判決の後の会見などを見ると、この看護師は看護の仕事を続けたい、と仕事への熱意を語るなど、かなりしっかりした人のようであった。そういう人でも、取り調べという特殊な状況では誘導されて事実とは違うことを言ってしまう場合があるのだ。

 このふたつの裁判からわかることは、何だろう。押尾裁判の裁判員は特別に冷静な人たちで、思わず虚偽自白をしてしまうのは意思の弱い人、ということか。それは違う。人間は、状況さえきちんと整えられていれば、予想以上に客観的な正しい判断を下すこともできるし、逆に追い詰められた劣悪な環境では、ふだんしっかりしている人でも、意思がぐらつき本意ではない判断を下してしまう可能性もある、ということだ。

 私たちは日ごろ、誤った判断をして失敗した人や詐欺の被害にあった人を見ると、どうしても「その人自身に問題があった」と考え、「ふだんからフラフラしていた」「前も間違ったことを主張していた」などと、過去にさかのぼってまで「本人が悪い」と思い込もうとする。しかし、「強い信念」や「しっかりした意思」というのは、こうしてその人が置かれた状況に簡単に左右されてしまうのだ。

 だから、意思を強くするトレーニングをしても意味はない、と言いたいわけではない。日ごろから折に触れて自分の気持ちを確認し、状況に左右されてパニックに陥らないように心がけておくことは、「いざ」というときにも役立つに違いない。ただ、それ以上に気をつけたいのは、何か大切なことを考えたり決めたりするときには、それなりに環境を整える必要があるということ。たとえば、重い病気にかかって「治療はどうしますか」と意思の決定を迫られたときなど、その場であわてて決めたり他人の意見に振り回されたりせずに、落ち着いた環境で情報を集め、自分の頭でゆっくり考える。そうすれば、「素人だから何もわからない」ということはなく、かなりきちんと判断できることは、押尾裁判の裁判員が示してくれた。私たちも自分の判断力を信じたい。

著者情報

医師

香山リカ

かやま りか

1960年北海道生まれ。東京医科大学卒業。学生時代より雑誌等に寄稿。その後、精神科医として臨床に携わりながら、一般読者向けの著作活動を行う。著書に『女は男のどこを見抜くべきか』(集英社)、『執着 生きづらさの正体』(集英社クリエイティブ)、『「いじめ」や「差別」をなくすためにできること』(ちくまプリマー新書)、『61歳で大学教授やめて、北海道で「へき地のお医者さん」はじめました』(集英社クリエイティブ)など多数。

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