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常識を疑え!

“抗がん剤論争”はなぜ起きたのか?

香山リカ(医師)

 今や国民病と言ってもよい病気、がん。昔のように「死の病気」というイメージはかなり薄れ、手術、抗がん剤、放射線治療などで十分に乗り越えることが可能な病となってきた。とはいえ「死因の第1位」であり、「余命の告知」が伴うことも多く、私たちにとってはやっぱり「最もこわい病気」であることには変わりない。

 そして最近、がん治療のスタンダードとなりつつある抗がん剤治療に関して、ちょっとした論争が巻き起こっている。

 発端は、「文藝春秋」2011年1月号に発表された放射線科医・近藤誠氏の「抗がん剤は効かない」。近藤氏は、発表されている「抗がん剤の効果」を示す論文の多くは、製薬会社から研究資金を受けるなど利益相反関係にある研究者が書いたものだ、「延命効果がある」といったデータにしても信憑性に問題ある、としている。そして結局のところ、血液がんなど一部のがんを除いて、抗がん剤治療は高額で副作用などの弊害が多いばかりで、延命や生活の質の改善といったメリットはない、とかなり断定的に言い切っているのだ。

 その次の「文藝春秋」2月号では、自らもがん治療経験者である立花隆氏が「『抗がん剤は効かない』のか」と題して、近藤氏本人に質問をあれこれ投げかけていた。最初、中立的な立場で話を始めた立花氏だが、近藤氏と対話を重ねる中で、「抗がん剤の延命効果というのは、あったとしても微々たるもの」「抗がん剤を使ったために命を縮めた人が少なからずいる」と抗がん剤否定派に傾いていきつつある印象がある。

 ジャーナリストである立花氏ですらこうなのだから、一般の患者であれば、近藤氏が「胃がんとか肺がんで、治療の選択肢が抗がん剤しかないということになると、『じゃ、様子を見ます』という人が、僕の患者ではむしろ多数派ですね」と語っているように、“断固否定派”になるのは当然だと思う。

 ただ問題は、そのときの患者の判断が妥当だったかどうかを、客観的に評価することはむずかしいということだ。同じ人間で、「抗がん剤を使った場合」「使わなかった場合」を比較することなどできるわけはないからだ。

 ただ、がんに限らず生命にかかわるような病気の場合は、「どれだけ長く生きるか」と同じくらい、心理的満足度が重要になってくる。その場合、重要なのは「治療法をどう決めたか」ということだ。ある心理学者は、「治療法を自分で決めてきたという感覚、自分で決めることができるという感覚(決定コントロール感)が強い人ほど心理的回復の度合いが高い」という調査結果を明らかにした。さらにその場合、「決定コントロール感」を高めるのは、医師との良好な関係、治療決定への積極的な参加であり、それらのもとになるのは、自分は自分にとって必要なことができるという「自己への信頼感(自己効力感)」であるとされている。

 そうしてみると、現在のがん医療での最大の問題は、抗がん剤が効く、効かないといったこと以前に、患者たちに「決定コントロール感」や「自己効力感」を十分に与えることができない(というよりむしろ低下させる)ということなのかもしれない。持論をきっぱりと語り、患者が「近藤先生の言うとおりです。私は抗がん剤を使いません」と自信を持って治療法を選択することができる、という点が、近藤氏がほかのがん専門医ともっとも違うところなのだろう。

 いずれにしても、これまでがんの問題に限らず、医者は一般の人の前で論争をするのを避けがちであった。それがここにきて、こうやって積極的な議論が行われるようになったのは、悪いことではない。もちろんその際には、医療を受ける側の客観的な目や冷静な判断が必要になることは言うまでもない。

著者情報

医師

香山リカ

かやま りか

1960年北海道生まれ。東京医科大学卒業。学生時代より雑誌等に寄稿。その後、精神科医として臨床に携わりながら、一般読者向けの著作活動を行う。著書に『女は男のどこを見抜くべきか』(集英社)、『執着 生きづらさの正体』(集英社クリエイティブ)、『「いじめ」や「差別」をなくすためにできること』(ちくまプリマー新書)、『61歳で大学教授やめて、北海道で「へき地のお医者さん」はじめました』(集英社クリエイティブ)など多数。

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