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常識を疑え!

海外の反政府デモに日本はなぜ盛り上がらないのか?

香山リカ(医師)

 エジプトで起きた反政府デモ。当初は「政府の中枢、軍、企業などが大統領寄りだから、体制を崩すのは困難」という声もあったが、100万人にも膨れ上がったデモはついにムバラク大統領を辞任に追い込み、民衆の側が完全勝利を収めた形となった。長年の独裁体制が、他国の介入や軍事的圧力によらず、あくまで人々のデモで崩壊したのだから、考えようによってはこれはあのベルリンの壁崩壊にも匹敵する歴史的なできごとと言えよう。

 ところが、日本のメディアの反応はいまひとつだった。

 連日のトップニュースは、大相撲の八百長問題。さすがにムバラク大統領が辞任を表明した後は、各紙の一面がカラーで取り上げたが、「民主化への道のりは簡単ではない」「イスラエルとの関係はいったいどうなる」など懸念材料があげられたり、テレビでは博物館から文化財が盗難、など混乱の様子を繰り返し報じたり、“お祭りムード”はあまり感じられなかった。インタビューにこたえたエジプト人が「今日くらいは喜ばせてくれ」と言っていたが、日本のムードは「いや、今日から早くも新たな困難が始まるんですよ」とでも言いたげ。

 エジプトにいまひとつ波長を合わせられない日本。その理由のひとつには、地理的事情があるだろう。エジプトもその前に政変が起きたチュニジアも、イランやイラクのさらに向こう、アフリカの国だ。旅行者も少なくないとはいえ、アジアや欧米の国々に比べて、なじみがあまりに薄い。

 ただ、それだけではないだろう。まず、日本はいま国内の問題で精一杯で、とても遠い外国で何が起きているかに関心を持つ余裕はない。これも大きな理由のひとつ。いくらフェイスブックやツイッターなどでリアルタイムに現地の情報が手に入る、と言われても、それらをチェックするよりは、直接、自分の今日の仕事や生活にかかわることに目が行ってしまう。そういう人のほうがずっと多いだろう。

 そして、もうひとつ。私たちがもう、「変化」に期待することができなくなっている、というのも大きいと思う。せっかく熱狂のうちに政権交代を実現させたはよいが、その後、日本社会の状況はよくなるどころか、ますます悪化。「これじゃ、政権交代前の自民党時代のほうがまだよかった」という声さえ、ちらほら聞こえてくる。

 そんな「チェンジして失敗だった」という実感を持つ人は、とてもエジプトに対しても、「長年の独裁政権が終わってよかったね! これから新しくすばらしい時代が始まるんだ!」とは言えない。「チェンジしたって、たいていはいいことも何もないよ。そのうち、“ああ、ムバラク時代がなつかしい”なんて言い出したりして…」とシニカルな目で見ることしか、できなくなっているのだ。もしかすると、これはアメリカにしても同じことかもしれない。

 悲観的にしかものごとを見られない。「こんなことをして失敗だった」という後悔や「昔はよかった」という過剰なノスタルジーばかりが、頭に浮かんでくる。これらは、典型的なうつ病の症状と言える。

 してみると、エジプトの激変に盛り上がれず、評価もできない私たちの社会は、本格的に「社会全体としてのうつ病状況」に突入した、ということになるかもしれない。個人としてのうつ病の治療は精神科医が専門だが、社会や国家のうつ病を治すのはいったい誰なのだろう。やはり政治家ということなのだろうか。いずれにしても、“名医”の登場に期待したいものだ。

著者情報

医師

香山リカ

かやま りか

1960年北海道生まれ。東京医科大学卒業。学生時代より雑誌等に寄稿。その後、精神科医として臨床に携わりながら、一般読者向けの著作活動を行う。著書に『女は男のどこを見抜くべきか』(集英社)、『執着 生きづらさの正体』(集英社クリエイティブ)、『「いじめ」や「差別」をなくすためにできること』(ちくまプリマー新書)、『61歳で大学教授やめて、北海道で「へき地のお医者さん」はじめました』(集英社クリエイティブ)など多数。

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