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常識を疑え!

ボランティアはなぜむずかしいのか?

香山リカ(医師)

 今回の震災では、いち早く多くの人たちがボランティアの名乗りをあげた。

 しかし、全国的なガソリン不足、ライフラインの復旧の遅れなどで、現地入りできない、現地も受け入れ態勢がない、という状況が続いた。政府や自治体も「ボランティアは個人で出かけず組織を通して」「行くなら交通手段、現地での衣食住は自分で確保して」などと、どんどん募集というよりどちらかというとブレーキをかける方向での呼びかけも多く行っている。

 また、せっかく活動を始めたボランティアたちが、被災地があまりに広範囲にわたっていることや津波の被害が凄惨(せいさん)すぎることでショックを受け、疲れきって早々に地元に戻る、というケースもあるようだ。さらに今回は、ボランティアだけではなく、プロとして現地入りしている医療関係者や報道関係者の中にも、あまりのショックや疲労から心身の不調に陥る人が少なくない、と聞いた。

「何かしたい」という気持ちがあるのに、なぜそれがなかなかスムーズな活動に結びつかないのだろう。

 理由のひとつは、被災地に入ると誰もが心理的に一種の興奮状態に陥り、それをうまくマネジメントできない人が多い、ということだ。日常から突然、切り離され、「がんばらなければ」という気分になって不眠不休で活動に取りかかるが、自分でも気づかないうちに体力も心理的エネルギーも消耗する。本来は「3日活動したら1日休む」が原則なのだが、「休むわけにはいかない」とつい無理をしてしまう。そして、気がついたときには燃えつき状態に陥っていて、起き上がることもできなくなるのだ。

 また、これはより本質的なことだが、「何のためにボランティアに行くか」という問題も大きい。もちろん「困難にある人を助けるため」が最大の理由であることは間違いないが、その奥に「人を助けることで、目減りしている自尊感情を取り戻したい」という欲求がある場合は、やや厄介だ。

 この人たちは、より直接的に誰かを助け、「ありがとう」「助かります」と言われることが必要になるので、なかなかリーダーの指示に従うことができない。「避難所の子どもたちと遊んで」と言われるとはりきってそうするが、直接、人と触れ合わない物資の運搬や清掃などになると、モチベーションが下がってしまう。中には、「いや、被災者のために私はこうしたい」などと言い出して、自分勝手な行動を取り始める人もいるらしい。

 もちろん、ボラティア活動をする背景には、それぞれ単なる善意のほかにもいろいろな事情、欲求があってよい。ただ、「私が救われたいから人を救う」という気持ちが強すぎる場合は、要注意だ。

 診察室でも、生活や仕事の中で自信や目標を見失っている人が、しばしば「被災地に行って困っている人の役に立ちたい」と語る。その気持ちに悪意はないとしても、まずその人がやるべきことは、自力で自分を立て直すことだ。

「被災地に行かなくても、まずいまの持ち場でしっかりやるべきことをやって、自分の力を蓄えておきましょう。それもひとつの支援の形だと思いますよ」と言うと、多くの人は渋々、納得する。本当は「自分を助けられない人は、自分以外の人を助けることなどできませんよ」と言いたいが、それはやや厳しすぎるメッセージなので、診察室では口にしないようにしている。

 ボランティアに行きたい、という気持ちは貴重だが、実際に行動に移すときには、いろいろ考えなければならないことがあるのだ。私もつい、「医療ボランティアに行かなければ」と思ってしまうのだが、そのたびに「待てよ。日常の仕事も遅れがちなのだから、まずそれをやるべきでは」と自分に言い聞かせている。

著者情報

医師

香山リカ

かやま りか

1960年北海道生まれ。東京医科大学卒業。学生時代より雑誌等に寄稿。その後、精神科医として臨床に携わりながら、一般読者向けの著作活動を行う。著書に『女は男のどこを見抜くべきか』(集英社)、『執着 生きづらさの正体』(集英社クリエイティブ)、『「いじめ」や「差別」をなくすためにできること』(ちくまプリマー新書)、『61歳で大学教授やめて、北海道で「へき地のお医者さん」はじめました』(集英社クリエイティブ)など多数。

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