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常識を疑え!

生肉の食中毒はなぜ問題なのか?

香山リカ(医師)

 子どもや女性が亡くなり、多数の重症者も出した焼き肉チェーン店の食中毒問題。「ユッケ」と呼ばれる牛の生肉料理が原因と見られている。

 この事件がきっかけで、生肉料理がどう提供されているのか、その実態がわかってきた。

 厚生労働省は牛肉の「衛生基準」をもうけていた。少なくとも2008年以降、この基準で「生食用」と認められて出荷されたものはない。では、焼き肉店などでは、なぜ生肉料理が提供されてきたのか。それは、この「衛生基準」は強制ではなく、あとは店独自の判断にまかされていたからなのだという。

 こう聞いて、驚いた人もいるのではないだろうか。少なくともプロが調理する料理店で出される生肉は、厳しい基準をパスしたものと思っていた人もいるだろう。「生食用でもないものを、店が“これは大丈夫だろう”と判断して出していたとわかっていたら、これまでも注文しなかった」とぞっとしている人もいるはずだ。そこまでいかなくても、ほとんどの人は、「たとえきちんとした基準がないにしても、プロであれば見る目も衛生観念もあるのが当然では」と今回のチェーン店のずさんな対応にあきれているに違いない。

 今後はどうすればよいのだろうか。取るべき道はふたつだ。ひとつは、「すべてを明らかにし、一般の人はそれを知った上で利用する」というもの。今回のケースであれば、店が「厚労省の衛生基準で『生食用』と認められた肉ではありませんが、本店の判断で提供しています」などと表示する。もっと徹底するなら、「食中毒の危険性はゼロではありません」とリスクも示したほうがよいかもしれない。その上で利用者は、いわゆる自己責任のもとで「ユッケを食べたいし、この店ならおそらく大丈夫だろう」と万が一の事態も承知の上で注文するのだ。

 しかし、実際には、そんなことをすると食欲も失せてしまう。「どうせなら、もっと安心して食べたい」と誰もが思うはずだ。

 だとしたら、「すべてを表示」以外の道は何か。それは、店側や調理師がプロ意識を持って、「衛生基準が強制でないからこそ、ウチはさらに厳しく」と自助努力を行い、利用客には「おまかせください」とリスクを明かさずに提供することだ。

 ただ、ふたつめの道が実現されるためには、不可欠のものがある。言うまでもなく提供側の高いモラルだが、この「モラル」ほど、それが欠けている人に身につけさせるのがむずかしいものはない。

 実は今回の問題は、モラルの低い焼き肉店での特殊な事件ではすまされない背景を持っている。たとえば、原発事故。私たちは原発が持つさまざまな危険性を知らないままに、「専門的知識やプロ意識を持った人たちが設計、運営しているのだから大丈夫なのだろう」と安心してまかせていた面がある。ところがそれは間違いで、誰が最終的な責任を取るのかもわからないような状態がいつまでも続いている。

 なぜ、プロがプロでなくなったのか。なぜ、専門的な業務に携わる人たちが、高いモラルを持てなくなってしまったのか。ここに、私たち日本の社会が直面しているもっとも深刻な問題があるような気がする。

 そうなると、私たちは「もうまかせてはいられない」と食品の衛生基準についても、原発の仕組みや事故対応についてもすべてを自分で学び、リスクを知った上で生活していくしかなくなるのだが、現実的にそれは無理だ。また、すべてのリスクを明らかにされてしまったら、あまりの不安で一日たりとも心安らかな日はなくなってしまう。

 なんとか、プロたちにもう一度、プロ意識を持ってもらわなければならない。そのためにすべきことは何なのか。真剣に考えるべきときが来た。

著者情報

医師

香山リカ

かやま りか

1960年北海道生まれ。東京医科大学卒業。学生時代より雑誌等に寄稿。その後、精神科医として臨床に携わりながら、一般読者向けの著作活動を行う。著書に『女は男のどこを見抜くべきか』(集英社)、『執着 生きづらさの正体』(集英社クリエイティブ)、『「いじめ」や「差別」をなくすためにできること』(ちくまプリマー新書)、『61歳で大学教授やめて、北海道で「へき地のお医者さん」はじめました』(集英社クリエイティブ)など多数。

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