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常識を疑え!

出生率はなぜ少しだけ上がったのか?

香山リカ(医師)

 厚生労働省の調査で、出生率が上昇傾向にあることがわかった。今回、発表されたのは、女性ひとりが生涯に産む子どもの推定人数を示す合計特殊出生率。2005年に過去最低の1.26だったのが、それ以降、ゆるやかに上昇や横ばいが続き、10年は1.39となった。

 では、この出生率の上昇はなぜ起きたのか。それは、晩婚傾向は続いているものの、30代あるいは40代で出産する「晩産」が増加しているからだ。以前は30代でなんとか結婚したとしても、妻が35歳を超えれば「高齢出産」と見なされることもあり、子どものことは考えないようにする夫婦が多かったのだろう。あるいは、もっと若く結婚したとしても、なかなか子どもができないと、そのまま何となくあきらめる人も少なくなかったと考えられる。

 ところが、いまは違う。30代後半、40代前半、いや40代後半でも妊娠、出産にトライし、成し遂げる女性が増えている。また、不妊治療も一般的となり、人工授精に対する抵抗もほとんどなくなった。社会全体にとっても少子化は非常に深刻な問題という理解が広まり、企業や官庁も出産、育児休暇を整備するようになってきた。男性社員に対しても、妻の出産に立ち会うために3日間程度の「出産休暇」を与えるところが少なくない。さらに大企業の中には、社内保育所まで完備しているところもある。

 職場や社会も「子どもを産めますよ」と言ってくれ、著名人たちも「私、40代で産みました」と笑顔で語る。女性たち、あるいは夫婦は、こういう状況の中では、むしろ「私は子どものことは考えられません」と言うほうがむずかしくなっているのではないだろうか。

 では、これで少子化はめでたく解消、日本の人口はこれからだんだん増えていくのだろうか。

 ところが、楽観はできない。出生数から死亡数を引いた自然増減はマイナス約12万6000人と、相変わらず人口減社会であることには変わりない。人口が増加に転じるためには、出生率は「2」を超えなければならないのだ。1.2台がようやく1.3台になったばかりなのだから、「2」に達するにはまだ遠い道のりだ。

 世の中全体は、子どもを産む、子どもを持つ人たちを励まし、支えようとしているのに、なぜ上昇のカーブはこれほどゆるやかなのか。

 大きな理由は、子どもどころか結婚を選択しない、あるいは実現できない人が増加しているからだ。経済が悪化し、雇用が不安定になる中では、男性も女性も「結婚は無理」と考える人が増えている。「ひとり口は食えぬがふたり口は食える」と収入の低いふたりもひとつの所帯になることで生計が成り立つ、という意味のことわざもあるが、なかなかそこまで踏み切れない。

 しかも、いまの若い世代は、子どものころはそれなりに豊かな生活を親たちから保障されてきた。結婚して自分の子ども時代よりずっと生活水準が下がってしまう、という恐怖に、彼らはどうしても耐えきれないのだ。結婚の目的が、「ともに苦労したい」ではなくて「豊かになりたい」あるいは「安心を得たい」になっているのだろう。

 おそらく今後、いったん結婚した男女は「やっぱり子育てだよね」と複数の子どもを持ったり、夫が「イクメン」として育児に協力したりする生活を送り、一方で生涯未婚のままミドル、シニアになっていく人たちは自由な気分で暮らしながらも孤独と向き合う、と「家族格差」がどんどん広がっていくのだろう。そして職場でも、シングルの人たちと家族がいる人たちとの関係が悪化することも考えられる。

 産む人には3人、4人とたくさん出産してもらい、生涯「子どもゼロ」の人たちの分を穴埋めしてもらうことで、さらなる出生率の増加をはかる。こんなアンバランスな選択しかないのだろうか。

著者情報

医師

香山リカ

かやま りか

1960年北海道生まれ。東京医科大学卒業。学生時代より雑誌等に寄稿。その後、精神科医として臨床に携わりながら、一般読者向けの著作活動を行う。著書に『女は男のどこを見抜くべきか』(集英社)、『執着 生きづらさの正体』(集英社クリエイティブ)、『「いじめ」や「差別」をなくすためにできること』(ちくまプリマー新書)、『61歳で大学教授やめて、北海道で「へき地のお医者さん」はじめました』(集英社クリエイティブ)など多数。

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