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常識を疑え!

父子判定はなぜ問題なのか?

香山リカ(医師)

 最高裁判所で「DNA鑑定などで生物学的に父親ではないと判明した場合でも、一度、法律上、成立した父子関係は有効」という判決が下された。これは3件の裁判の高等裁判所の判決をまとめて審理したものなのだが、複雑なことに2件は「離婚や別居した夫に対し、妻側が父子関係の解消を請求」したもので、残りの1件は「男性が元妻の子との関係取り消しを請求」したものということだ。つまり、最高裁の判断に、前者2件の裁判の法律上の父親は父子関係の維持に安堵しており、後者の男性は「これからも父親でなくてはならないのか」と失望を感じたことだろう。

 気になるのは、子どもには一連のいきさつがどう伝えられているのか、ということだ。いずれのケースも子どもはまだ幼く、十分な説明はなされていないのかもしれない。しかし、「あなたの本当のお父さんは誰か」ということで裁判が行われ、おとなたち、それも両親や一度は親だった人たちが争いあったという事実は、いつか子どもの知るところにもなるだろう。

 かつて私が担当していた女性患者さんが離婚することになり、子どもの親権をめぐって夫婦が激しく争った。女性は子どもに「それくらいママにとってもパパにとってもあなたが大切なのよ」と説明したが、子どもは正しく理解できず「ボクのことでパパとママがけんかしていっしょにいられなくなったんだ」と考え、ふさぎ込むようになった。子どもというものは、親が単独あるいは夫婦で穏やかではない状態になったときに、そうでない場合でも「私のせいだ」「ボクがいい子じゃないからだ」と自分のせいにしがちなのである。

 イギリスの精神分析家メラニー・クラインは、乳幼児の観察を通し、まだ1歳に満たない乳児が自分と母親とは一体化した関係ではないと気づき、それと同時に「これほど大切な愛する対象を傷つけ、失ってしまうのではないか」という心配や罪悪感に襲われることを発見した。クラインは、そういった子どもの心の姿勢を「抑うつポジション」と名づけた。そして、この「抑うつポジション」は乳幼児期で終わるものではなく、その後、児童期、青年期と形を変えて繰り返し出現することも知られている。

 ただ、おとなになると他人のせいにしたり、自分のほうが傷つけられているとする正当化の知恵も身につくので、子どもほどにはなんでも「私のせい」とは感じなくなる。つまり、「抑うつポジション」がまだ強い子どもほど、たとえ自分とは関係のない両親のいさかいであっても「私のせい」と感じて、勝手に自分を責めたり落ち込んだりしやすいのだ。これは両親の問題に限ったことではなく、東日本大震災の後、保育園に通う小さな子どもの中で、「私が悪い子だったから津波が起きたの?」「ボクがいたずらばかりしたから地震が起きた」と口にする子どもが相次いだという話も聞いたことがある。

 だから、子どもに離婚を伝えるときには、とにかく「これはパパとママのせいで起きたことで、あなたがよい子じゃないからとか悪い子だから、ということじゃない。あなたには悲しい思いをさせることになって本当にごめんなさい」と一方的におとなの責任であることを伝えたほうがよい、と私も診察室でよく話す。決して「あなたのためにこうした」「あなたもパパを嫌っていたから決めた」などと、子どもにも離婚の原因の一部があるような伝え方をしてはいけない。

 最高裁での3件の裁判では、渦中にいる子どもたちにはどう伝えられ、子どもたち自身はどう感じているのだろうか。せめて「これはおとなどうしの勝手ないさかいなんだ。あなたは気にしないで元気に遊んで大きくなってほしい」とまわりが一生懸命、伝えてあげるべきだ。

著者情報

医師

香山リカ

かやま りか

1960年北海道生まれ。東京医科大学卒業。学生時代より雑誌等に寄稿。その後、精神科医として臨床に携わりながら、一般読者向けの著作活動を行う。著書に『女は男のどこを見抜くべきか』(集英社)、『執着 生きづらさの正体』(集英社クリエイティブ)、『「いじめ」や「差別」をなくすためにできること』(ちくまプリマー新書)、『61歳で大学教授やめて、北海道で「へき地のお医者さん」はじめました』(集英社クリエイティブ)など多数。

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