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常識を疑え!

「黒子のバスケ」脅迫事件はなぜ深刻な問題なのか?

香山リカ(医師)

「黒子のバスケ」脅迫事件を覚えているだろうか。2012年、人気マンガ「黒子のバスケ」(集英社)のイベントやタイアップ商品が売られているコンビニ、書店などを標的に、何通もの脅迫状が送られた。実際には健康被害を受けた人はいなかったが、イベントの中止や商品の撤去を余儀なくされたケースもあった。そして昨13年、30代半ばの男性が逮捕され、今年になって裁判が行われていたのだ。判決公判は14年8月21日に行われ、渡邊博史被告人に対して求刑通り懲役4年6カ月の実刑判決がくだされた。それを受けて渡邊被告人は「謝罪はしない」としてきた従来の姿勢を変えずにコメントを発表し、「努力教の自明性に溺れたお前らが納めた税金で、自分はプリズンニート生活を満喫させてもらうわ」といった挑発的な部分が大きく報道された。

 私はこの被告人と小さな接点を持っている。脅迫状は「創」(創出版)という雑誌にも送られ同誌がそれを掲載したこともあって、篠田博之編集長は犯人逮捕後も拘置所に出かけて接見を重ねている。3月の初公判で読み上げられた冒頭意見陳述で、渡邊被告人は自らの心の内を自分なりの言葉で分析しようとしていた。それを見た篠田編集長は、「彼、心の中に問題を抱えているよね。今度、接見に行くときに差し入れる本を推薦して」と同誌に連載コラムを持っている私に依頼してきたのだ。

 その意見陳述を読み、私は、彼がわが子を「醜い」と否定してばかりの母親、アニメを見るだけで殴る、蹴るといった厳しすぎる父親のもとで育ち、小学校に入学してからはひどいいじめにあい、教師に訴えてもまったく相手にされなかったことを知った。彼自身は自分の犯罪は格差社会の中で「負け組」となった人間が成功者に嫉妬して起こしたもの、と述べていたのだが、話はそんなに単純ではないと感じた。私は精神科医の高橋和巳氏の「消えたい」(14年、筑摩書房)という本を推薦した。高橋氏は、虐待を受けておとなになった人は、私たちとはまったく異なる世界に棲んでいるようだ、と書いている。同書の中で、ある女性が振り返る。「家の中で、私はいるけど、いない。私の居場所はなかったし、私はいなかった」。誰にも自分を認めてもらえず、気持ちも共有してもらえないまま育つと、ついには自分自身でも自分が存在しているのかいないのか、わからなくなってしまうと言うのだ。

 渡邊被告人はこの本を熱心に読んでくれたようで、最終意見陳述ではやや興奮したような文体で「社会的存在」になれずにきた自分は「生ける屍」だった、と述べる。そして、最初に記したように、何も疑わずに目標を持って努力する人たちを「努力教」と揶揄しながらも、それにすらなれなかった自分に絶望もしている。被告人にとってあるとき出会った「黒子のバスケ」という大ヒット作品の作者は、「『夢を持って努力ができた普通の人たち』の代表」に見えたのだという。

 誰からも「そこにいていいんだよ」と自分の存在さえ保証してもらえずにきた被告人にとっては、自分の話を聞いてくれる検事らがいて、エアコンがきいている安全な部屋が与えられ、バランスの取れた食事が出てくる拘置所は、生まれてはじめて経験する快適な場所なのだという。逆に言えば、これまではそれくらい劣悪な環境で、「私はいるけど、いない」と感じながら生きてこなければならなかった、ということだ。

 もちろん、だからといって作者やたくさんのファンを恐怖に陥れ、大きな迷惑をかけた彼のやったことが正当化されるというわけではない。ただ、これくらい考える力、表現する力を持っていた彼を、これまでただのひとりも認めたりほめたり、いっしょに楽しんだり悲しんだりしてくれるおとながいなかった、というのは不幸そのものであることはたしかだ。もっと言えば、この豊かに見えるいまの日本にも、彼のような人間は無数にいる。ぜひネットや先の雑誌に公開されている「黒子のバスケ」脅迫犯の一連の発言を読み、親による心理的虐待やおとなの無関心が子どもの成長にもたらす恐ろしい影響について考えてみてほしい。

著者情報

医師

香山リカ

かやま りか

1960年北海道生まれ。東京医科大学卒業。学生時代より雑誌等に寄稿。その後、精神科医として臨床に携わりながら、一般読者向けの著作活動を行う。著書に『女は男のどこを見抜くべきか』(集英社)、『執着 生きづらさの正体』(集英社クリエイティブ)、『「いじめ」や「差別」をなくすためにできること』(ちくまプリマー新書)、『61歳で大学教授やめて、北海道で「へき地のお医者さん」はじめました』(集英社クリエイティブ)など多数。

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