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連載

ある有名教授から授かった極意が、学生の「生きづらさ」を知るきっかけに

第53回

大内裕和(武蔵大学教授)

 2024年も4月に入り、私が勤務する武蔵大学(本部・東京都練馬区)でも新年度が始まりました。そんな折、私にとって嬉しいニュースがありました。本学では毎年、この時期になると「学生が選ぶベストティーチャー賞」というのを発表しますが、2023年度のベストティーチャーに私が選ばれたのです。この賞は、学生による授業評価アンケートの結果をもとに、授業の総合満足度が高い教員を選出し顕彰するものです。

 みなさんは大学のFD(Faculty Development ファカルティ・ディベロップメント)活動をご存知でしょうか。Faculty Developmentとは「教員組織の能力開発」という意味で、大学教員が授業内容・方法を改善し向上させるための組織的な取組みのことを言います。武蔵大学の「学生が選ぶベストティーチャー賞」も、このFD活動の一環として行われてきました。

 そこで今回は、私が本賞に選ばれただろう理由を自己分析してみたいと思います。

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 まず、こうした人気アンケート的な賞には、「波長の合う受講生にたまたま恵まれた」など、運の要素がある程度介在することも否定できません。しかし、私は22年度も本賞を受賞しており、2年連続の受賞となりましたので、一定以上の高評価を受けているとは言えるでしょう。例えば私は、講義に向けてテキストを丁寧に読み込むなど、入念な事前準備を行います。また、万全の調子で講義ができるよう十分な睡眠を取るなど、日頃から心身のコンディション調整にも気遣っています。そうして講義では、学生たちに分かりやすい説明をすることを常に心がけています。

 しかし、このような取り組みを行っている大学教員は少なくありません。武蔵大学は「ゼミの武蔵」と呼ばれていることからも分かるように、教育熱心な大学ですから、教員も熱意のある人が多いと言えます。近年はパワーポイントによる見やすい講義資料、または画像や動画などのビジュアル教材を作成して、学生が興味をもちやすくなるように工夫をこらした講義も増えています。最新のテクノロジーや機器を実に上手く活用している講義もあって、その点では私はとても及びません。

 では、私の授業評価を高めることになった特徴は、どこにあるのでしょう? 実は一つだけ思い当たることがあります。私は大学教員になって今年で27年目になりますが、最初の年からこれまでの26年間、あることを講義で継続してきました。それは「DJ(ディスクジョッキー)方式」というやり方です。簡単にいえば、ラジオなどでリスナーからの投稿を読み上げ、そこから話題を広げていくという、よくあるDJスタイルを大学の講義に取り入れたのです。実はそうした講義のやり方を私が始めることにしたのは、大学教員になる直前に受けた、ある先生からのアドバイスが発端でした。

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 私は、1998年3月まで東京大学大学院教育学研究科博士課程で院生として学び、同年4月から松山大学(本部・愛媛県松山市)に専任講師として着任することになりました。就職が決まって、大学の先生方や周囲の皆さんにお祝いしていただいたのですが、その中に私が大学で講義をすることについて心配し、具体的なアドバイスをくれた先生がいらっしゃいました。

 その先生とは、ジェンダー研究で著名な上野千鶴子さんです。上野さんは当時、東京大学大学院人文社会系研究科の教授でした。私は教育学研究科の大学院生でしたが、社会系研究科の単位も取れるシステムになっていたので、上野先生のゼミにも出席していました。

 上野先生が私のことを心配したのはなぜか? それは私が博士課程の4年目が終わりに近づいていたその時まで、大学で学生に講義をした経験が全くなかったからです。その頃、私の専攻分野である教育社会学では、博士課程の大学院生が非常勤講師として大学で講義を担当する機会を得ることは、容易ではありませんでした。ですから私は、教壇に立った経験が全くない状態で、いきなり松山大学で専任講師として教え始めることになったのです。

 そのことを知った上野先生は私に、「あなた、教えたことがないのにどうするの? 私がアドバイスしてあげるから研究室に来なさい」と言われました。そうして松山大学に赴任する直前、上野先生の研究室でこんなやり取りがあったのを記憶しています。

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上野「どんなふうに教えようと思っているの?」

大内「学生とかみ合うような内容の講義をしようと思っています」

上野「そんな講義はどうやったらできる?」

大内「……」

上野「(小さめの紙を持ちながら)私はDJ方式と呼んでいるんだけど、授業について学生の質問や意見をこういう紙に書いてもらうんだよ。そしてその質問や意見を読み上げて、DJのようにそれに答えていく。学生に講義を聴かせるのは難しい。でも学生は、他の学生が書いた文章には関心をもつもんだよ」

大内「学生が書いた文章に答えていく?」

上野「最初からうまく講義ができるなんてうぬぼれちゃいけない。学生に助けてもらいなさい」

 26年も前のことですから、完全に正確な表現ではないかも知れません。でも話の内容は今でも鮮明に覚えています。特に「最初からうまく講義ができるなんてうぬぼれちゃいけない。学生に助けてもらいなさい」という言葉は、とても強く印象に残りました。上野先生の学部の講義にも出ていた私は、先生が東京大学の中でも抜群に講義がうまい教員であることを知っていましたし、DJ方式も実際に目していましたので、アドバイスしていただいたことはしっかり生かそうと思いました。

 しかし当時は、そのアドバイスに秘められた意味まで深く捉えることはできていませんでした。その頃は、4月から始まる講義に備えて、自分のノートや資料を準備していた時期です。「学生に助けてもらう」ことよりも、自分がどんな内容の講義をするのか、そのためにどんな教材や資料を準備するかに関心が向いていました。

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 松山大学での講義初日、上野先生のアドバイス通り、学生に質問・意見を書いてもらう紙(コメントペーパー)を配りました。そうして講義の終了時、コメントペーパーを回収しました。するとそこには、予想もしないような質問・意見が多数書かれていました。

 最初の講義で出たのは、「『1ドル=360円』だったということに驚いた」という学生の意見です。講義の中心的な内容ではなく、説明の中の時代背景の一つとして軽く話した内容について意見が出たことに私は驚きました。戦後長い間、「1ドル=360円」とされていた為替の固定相場制が、73年2月から変動相場制に移行します。98年当時の大学1年生は、現役で入学していれば79〜80年生まれです。すでに変動相場制移行後に生まれた世代が、大学生になっていることに私は改めて気づきました。そこで2回目の講義は、学生が書いた意見への応答として、この「1ドル=360円」の固定相場制の話題から始めることにしました。すると初回よりも学生の関心を集めることができました。

 教員というのはついつい、自分の知識や感覚を前提として講義を進めてしまう傾向があります。それに対して、コメントペーパーを読み上げて応答するDJ方式は、私と学生とのギャップを埋めることに役立ちました。神奈川で生まれ、東京で育った私は、それまで首都圏以外の地域で生活をした経験がありません。松山大学の学生がコメントペーパーに書く内容は、私が地方というものを知る貴重な機会にもなりました。教員と学生の間には、専門知識の量だけでなく、世代、地域、ジェンダーなどさまざまなギャップがあります。DJ方式によって、そのギャップを深く認識し、講義内容を学生により身近で分かりやすいものへと修正していきました。以来、このやり方は私の講義にとって、「学生に助けてもらう」貴重なツールとなったのです。

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 その後、私が講義で行ってきたDJ方式は、学生の「生きづらさ」を発見するきっかけへとつながっていきます。2010年頃、非常勤で教えていた愛媛大学(本部・愛媛県松山市)で「奨学金の返済が心配だ」という学生の意見から、出席している学生全員に奨学金について意見を求めました。そうしたところ出席している学生の半数以上が多額の奨学金を借りて苦しんでいることが分かり、以後、私は奨学金問題に取り組むことになりました。

著者情報

武蔵大学教授

大内裕和

おおうち ひろかず

1967年、神奈川県生まれ。東京大学大学院教育学研究科博士課程単位取得。松山大学教授、中京大学教授を経て2022年度より現職。「入試改革を考える会」代表。「奨学金問題対策全国会議」共同代表。著書に「ブラックバイトに騙されるな」(集英社)、「教育・権力・社会」(青土社)、「ブラック化する教育 2014-2018」(青土社)などがある。

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