『「女子」という呪い』発売記念スペシャル対談 小島慶子・雨宮処凛「一億総女子アナ状態の国」
(構成・文/本間公子)
セクハラがダメな理由を理解していない
雨宮 女子アナもそうですけどれも、男性優位社会では「女は華」とか「職場の華」みたいな扱いされるじゃないですか。私も男性ばかりのシンポジウムに「女だから呼んだ」と言われた時には、すごくショックでした。
小島 失礼この上ないですよね。ただ、それが一部の女性の特権になっていることも事実。私が女性の生きづらさについて話すと、「でも女子アナとして高い給料をもらってたじゃないか」と言われるんです。つまり、女としてオイシイ思いをしてきたんだから、お前に生きづらさを語る資格はない、と。確かに特権を得てきました。だけど口はつぐまない。男性優位社会の中では、女性は不本意ながらも少数派であることを逆手に取った戦略を使うしかない場面がいっぱいあって、スネに傷を持たない女なんていないわけです。生真面目な人ほど、「一回でも女というマイノリティーであることを梃に何かを手に入れたら、女性の権利をどうとかという資格はないな」と口をつぐんでしまうんです。
雨宮 小島さんがエッセーで書いた、「汚れちまった私」問題ですね。
小島 女に呪いをかけたのも、男に呪いをかけたのも、女だったんじゃないかという気がする。経済成長を最優先する社会で、理想とされた女性の生き方は専業主婦。70年代、専業主婦が多数派だった時代に女性の抱えた抑圧が、今こういう形で出てきたような気がします。夫婦関係やハラスメントの問題に詳しい臨床心理士の信田さよ子先生的に言うと、こうなったのは家庭を顧みなかった団塊世代の男たちのせいだっていうことになるんですけど。そういう男性はいまだに再生産されていますからねぇ。これって一体どうしたらいいんでしょう?
雨宮 最近では学校でもジェンダー教育などに力を入れ始めていますけど、今現在、実害を振りまいているのは子どもじゃなくてオッサンですからね。そういう加害オッサンを再教育施設に、強制的に入れるくらいのことをしないとダメかもしれないですね。
小島 でもセクハラ研修って、受けろと言われて受けてもあんまり意識が変わらないみたいなんです。理屈は分かっても腹に落ちていないんでしょうね。実際、日本のエグゼクティブたちは、ちゃんとグローバル化に伴ってセクハラなどの教育を受けていて、外国へ行くと用心して振る舞っているそうなんですよ。ところが、日本へ帰国する飛行機の中で「いやー、アメリカで肩が凝っちゃったよ。日本の女は気楽でいいなあ、目くじら立てないから」と……。それが本当なら、日本の女性をなめてますよね。知っていて使い分けるのだから余計にタチが悪い。
雨宮 たしかに、最近話題になった財務省の前事務次官を始め、なぜセクハラがいけないのかを本当に理解している人は少ないですね。世間やマスコミがうるさいからとか、自分のキャリアを失うからとかいう理由だけでしか認識していない感じです。
小島 だから、同じ過ちが繰り返されるというね。
雨宮 今年(2018年)の4月に「#私は黙らない0428」というMeTooムーブメントの街宣イベントがあったのですが、高校3年生の女の子がスピーチで「人の嫌がることはしない。それだけです。こんな簡単なこともできない人が多すぎます」と言っていて、本当にその通りだと思いました。
小島 ジェンダーとかフェミニズムとかいうと難しく聞こえるかもしれないけれど、要は相手を人として尊重すればいいだけなんですよね。

“いじり”は立派なハラスメント
雨宮 ところで、小島さんは日本とご家族が暮らすオーストラリアとを行き来されていますが、オーストラリアの性産業なんかは日本と比べてどんな感じなんでしょうか?
小島 うーん、私の日常生活では接点がないからわからないなあ。でも日本では、街の中心部を歩いていると風俗系のどぎつい看板やポスターが普通に目に入りますが、オーストラリアではそういうのは見たことがないですね。もちろん、盛り場に行けばストリップやガールズバーみたいな店はあるでしょうけど、日本のように繁華街の目に付く所にはありません。
雨宮 でしょうね。
小島 日本に何度も旅行しているアメリカ人の男性が、初めて日本に来た時、街中にエロいお店の看板がいっぱいあってびっくりしたと言ってました。こんなに開けっぴろげでいいのかって。
雨宮 やっぱり日本はそういうところ、あまりにも無頓着なんですね。
小島 そうなのかもしれないですね、もう見慣れてしまってるけど……。オーストラリアで今問題になっているのはDV(ドメスティック・バイオレンス)ですね。オーストラリアでは昔から、男の子はやんちゃなほうがいいとか、女の子に乱暴して泣かせても「男の子だからしょうがない」という考え方があって、それがDV問題を深刻化させていたようなんです。DVをなくすには子どものうちから芽を摘まなくては――ということで、DVを防止するための政府広告がテレビで頻繁に流れるようになりました。小さな頃から互いの性をリスペクトする意識を持って、女の子も男の子も間違った自己イメージを持たないようにする。そういう働きかけを、国を挙げて行っているという感じですね。
雨宮 日本はそういう教育も遅れていますよね。あと、この国ではメディアによる影響も大きくて、例えばバラエティー番組で女芸人が当然のようにひどい扱いを受けたりしている。芸人じゃなくても「何言ってもいい女」枠に入ると、容姿のことをひどく言われたり「オバサン」扱いして嘲笑したり。今、これだけMeTooとかが話題になっているのに、バラエティー番組だけ治外法権みたいになっていることに違和感を覚えます。
小島 それって、いわゆる“いじり”というやつですよね。ジャーナリストの中野円佳さんが指摘していますが、いじりって洒落とか、読解力を高めて理解するべき言葉遊びみたいな感覚で使われていますけど、どう見てもハラスメントなんです。実際、いじり=ハラスメントによって自分を追い詰めて、中には会社へ行けなくなったり自殺を考えたりする人もいるくらいですから。女性に対しても「いじられるうちが花」と言われたり、いじりに対する巧みな返しが知性の証明とか言われたりするでしょう?
雨宮 傷付いたような顔をしたら、「空気が読めないやつ」と非難されますよね。
小島 いじりには、必ず“笑い”という要素が入るんですよ。笑いって感染力が強いし、人が笑ったことで正当化できてしまう。みんな楽しかったんだからいいじゃないかと。でも実は、笑いってすごく罪深いんですよね。
雨宮 それを連日バラエティー番組でやられると、子どもはそのままコピーしちゃいますよね、それがコミュニケーションだと思い込んで。大学生の飲み会も、バラエティー番組のノリそのままだったりしますし。
小島 テレビで観たいじりが日常生活の中に浸透していって、「ブス」や「ババア」と言われた時に、どれだけ面白くリアクションするかということに命を懸けたりするわけでしょ? 実際、私もテレビの収録で「よう、更年期!」とか言われたりしましたからね。で、最初は面白く返そうと努力してたんですが、なんか違うと思って、途中からまったく笑えないリアクションにしたんです。「ええと私、年齢的にはプレ更年期って言うんですよ。だから、これからもうちょっと症状が出るんでしょうけど、今のところ大丈夫です」っ真顔で。
雨宮 振った相手も困るだろうなぁ(笑)。
小島 イヤだったんですよ、いじりという名のハラスメントに荷担するのが。「ババア」って言われたら、どれだけ面白く返そうかとか、面白く返せる自分は強いとか思っちゃうけど、「ババアって、あんたそれ、失礼でしょ」でいいんです。
雨宮 気の利いた返しなんかより、よっぽど効果がありそうですね。
小島 最近、もしかすると、女子にかけられた呪いを解くカギは、この「いじり」をハラスメントだと認識することにあるんじゃないかなーと思っているんです。男性にかけられた呪いも同様。今年の後半には、ぜひこの「いじり」という言葉にスポットが当たって、女性も男性も生きづらさが少しでも解消すればいいなと思います。
雨宮 いいですね、それ。「いじり」の辛さは男性もわかるはず。
小島 あとね、雨宮さんの『「女子」という呪い』を読んで、私がずっと感じてきた「女って面倒くせえな」というこの感覚は、私だけの被害妄想じゃなかったんだとわかり、気持ちが大分楽になりました。今までは、それがさまざまな形で巧みに封印されてきて、語れば語るだけ損という構造に追い込まれてきたんですが、MeTooからの流れに乗って、これからはどんどん語っていくべきだと。そうやって、「私たち、えれえ呪いをかけられているんですけど」ということを広く知らしめて、次世代では私たちと同じ苦しみ、生きづらさを繰り返さないでほしいですね。
次回は7月4日(水)の予定です。