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連載

「女のほうが優秀」という雑な一般化

雨宮処凛(作家、活動家)

 最近、男子中学生と男子高校生の前で話をする機会があった。

「#MeToo」などのテーマについて、という依頼だったので話したのだが、10代の若者たちとこういったテーマで語り合えた時間は、非常に貴重なものだった。

 様々な話題に触れたが、反応がよかったのは、女性に押し付けられるダブルスタンダードについての話。成績のよさ、学歴の高さ、収入の高さなどがそのまま高く評価される男性と違って、多くの女性は小さな頃から「頑張れ、でも男以上に成功するな」「男より無知なふりをしろ」などのメッセージを刷り込まれている。頑張って結果を出したら、それがそのまま「評価アップ」「モテ」などに繋がる男の世界と、頑張って結果を出したことによって「男に引かれる」可能性のある女子という問題。

 また、東京医科大学の女子一律減点問題についても触れた。事の経緯を話した後、「もし、これが『男だから』という理由で一律減点されたらどう思う?」と問いかけると、受験を控えた中高生たちは「ありえない」という顔で勢いよく首を横に振ったのだった。

 そんな講演の中でもっとも盛り上がったのは、共に登壇した男子高校生が、同じ学校の「女子部」への複雑な思いを吐露した瞬間。全寮制だというこの学校には男子部と女子部があり、校舎も寮も分かれているという。

 

「雨宮さんの話を聞いて、いろいろ男女差別なんかの問題があることはわかったけど、うちの学校では女子部のほうが優遇されてるんです」

 その発言に、ホールを埋め尽くす男子生徒たちが力強く頷いた。みんなが激しく頷くのを見て、「例えばどういうところ?」と聞くと、発言した男子生徒は少し考えて、言った。

「女子部のほうが先にクーラーが設置されたこと」

 聞けば、今年(2018年)まで男子部にはクーラーがなかったそうだ。女子部はもっと前からあったのに。

「それはひどい。じゃあ、それ以外は?」

 そう言って会場を見渡すと、手はなかなか挙がらない。挙手に抵抗があるというよりは、パッと浮かぶ具体的なことがない感じだ。

 しばらくの沈黙ののち、手を挙げた男子学生が指摘したのは、「寮の位置」についてだった。女子の寮のほうが、場所がいいということらしい。が、大した「優遇」ではない。

「あとは?」

 そう問いかけ、待ってみたものの、他に手は挙がらなかった。講演が終わった後、控え室に戻って男子生徒たちとこの話になった。

 女子部ばかりが優遇されている。そのことでみんな一斉に盛り上がったのに、具体事例はクーラー以外ほぼ出なかったことについて。でも、「女子部は優遇されている!」という意識が、男子生徒たちに強く共有されていることははっきりとわかった。

 

 なんだかこれって、世の中の「女は優遇されてる!」という男性たちの意識と似てるのかもしれない、と思った。女性専用車両なんかに対して言われる言葉、というか言いがかりだ。

 対して、私は女性から「男は優遇されている」という言葉を聞いたことがない。男性100に対し女性は73(厚生労働省「賃金構造基本統計調査」)と圧倒的に賃金格差があり、企業の幹部クラスを占めるのはほぼ男性、政治家もほぼ男性、様々な物事の決定権を握っているのもほとんどが男性で、明らかに「優遇」されているのに誰も「男は優遇されてる!」とは言わない。

 なぜか。それは、最初から「そんなものだ」と諦めているから、最初から「対等じゃない」と刷り込まれているからなのかもしれない。一方で、男性側もごくごく無意識に女性を「対等じゃない」と下に見ていたりする。もしかしたら、そんな男性たちにとって、女性が男性と「対等っぽい扱い」を受けているだけで「優遇」と思うのではないか。話しながら、そんなことをふと思った。何しろこの国では、戦後まで女性に選挙権すらなかったのだ。

 さて、そんなこんなのいろいろな話をして、中高生との交流は非常に意義深かったのだが、「#MeToo」の空気を受け、最近気になることがある。

 それは、「自分は女性の理解者ですよ」ということをアピールしたいあまりに、空回っている男性陣の存在だ。

 

 例えばそんな人が使う技として、やたらと女性全般を「持ち上げる」というのがある。仕事や学業において、「女性のほうが優秀」「女のほうが能力が高い」「もう男なんて全然ダメ」などと口にする男性、あなたの周りにもいないだろうか?

 女を一括りにして一般化し、持ち上げることによって「俺はフェミとかに理解あるから」というアピールをする作戦らしい。が、残念ながらその方向は間違っていると言いたい。

 なぜなら、「女は男より優秀」などという言い方は、「女は感情的」とか「女はヒステリック」とか、あるいは「女は全員パンケーキが好き」という決め付けとほとんど変わらないからだ。こっちは、そもそもそういう「雑な一般化」にうんざりしているのだ。

 ちなみにこの言い方は、東京医科大学の「女には体力がないから、医者という激務に耐えられない」「だから一律減点」という時にも使われた。が、「女だから」「男だから」という性差ではなく、私たちにはそれぞれ個人差があるだけの話だ。

 だからこそ、「女ってさー」というふうに、「女」を一括りに語る男性も私は決して信用しない。性別で一般化されるほど、人間は単純ではない。しかし、その手の男は自身の乏しい人生経験に基づいて「女枠組み」を全女性にあてはめようとする。

「女の子ってさ、なんだかんだ言って結婚したいわけじゃん」「女ってさ、服とかバッグに際限なく金使うよね」「アクセサリーとか、女って目がないじゃん」「女の子って甘いものは別腹だよね?」

 

 これまで、私もその手の言葉を浴びせられてきた。私のことなど何も知らないのに、「で、お前もそうでしょ?」と決め付けられてきた。特に若かりし頃は、政治のことや社会問題について語っている時などにその手の言葉を浴びせられた。偉そうなことや難しいこと言ったって、女という生き物であるお前の本心なんか俺様はお見通しなんだよ、というようなタイミングで。

 が、私は「なんだかんだ言って結婚したい」わけではなかったし、服とかバッグに金をかけるくらいなら本に金をかける、という生活を20代からしてきた。アクセサリー全般にも関心がなく、飼い猫が毎日私の耳たぶを吸って「子猫返り」することを日課にしているため、ピアスの穴も開けていない。また、甘いもの全般は大の苦手で食べられない。貰って嬉しいのはケーキよりも塩辛だ。

 それなのに、なぜ一部男性は「女は服とバッグとアクセサリーと甘いものが好きで結婚したい生き物」だと決め付けていられるのだろうか。逆にそのステレオタイプな女性像が、彼らの経験値の低さを暴露しちゃっているというのに。

 ちなみに男性が、「男性」という理由だけで「男ってエロ本とかAVに目がないよね」「男の人ってみんな痴漢なんでしょ?」「男って絶対浮気するよね」などと決め付けられたらどうだろう?

 中には「まったくもってその通りだ」という人もいるかもしれないが、ほとんどの男性はそんな決め付けに不快な思いをするのではないだろうか。そしてそんなふうに「男一般」を決め付ける女性に対して、「その程度の男としか出会ってこなかったんだな」と思うはずだ。

 

 このように、「女性に理解あります」というアピールをするために「女を一般化」することは、かえって逆効果なので注意を促したいのだが、まだ「気を付けよう」と思ってくれるだけありがたいと言えばありがたい。

 世の中には、「#MeToo」のムーブメントを恨んだりバカにしたりする男性もいれば、そもそもそんな動きがあることにすら気付いていない人もいる。また、私の古い知人の中には「海外に行ったら必ず女を買う」「女を買わなければその国のことなどわからない」などと豪語する年配男性がいるのだが、このような人とはジェンダー問題などをどこから話せばいいのか、そこからさっぱりわからない。

 そういえば、人身売買などの問題に取り組むある女性は、「もう日本の成人男性の意識を変えることは諦めている」と言っていた。性差別などにあまりに「寛容」な日本社会で生きてきたこの国の男性たちに、何が問題かを理解させることなど不可能だと。よって、未成年への教育に力を入れているとのことだった。

 その気持ちは、とてもとても、わかる。セクハラや性差別の問題に対して、一定以上の年齢の男性に話す時の徒労感は身に覚えがあるからだ。

「はは、そんなこと言ってるとモテないぞ」とあしらわれることもあれば、不機嫌になられることもある。財務省のセクハラ問題に対する麻生太郎大臣の「ハメられたのでは」なんて発言が象徴するように、もう一部の高齢男性には絶対わかってもらえないので、そういう人たちが責任ある立場から退いてもらうのを待つしかないのでは、なんて声もある。

 

「そうかもしれない」と、私も最近まで思っていた。しかし、「いや待てよ」と思い直した。

 なぜなら、本気で「どうしてセクハラや女性蔑視がいけないのか」を理解していない人は、当然、一線を退いたって同じことを繰り返すからだ。

 それが起きているのが介護現場である。

 一部利用者による職員への暴力、暴言、セクハラはこれまでも問題となり続けてきた。6月に発表された「日本介護クラフトユニオン」のアンケート結果によると、介護職員の74%が、利用者やその家族からハラスメントを受けたことがあると答えたという。顔に唾を吐きかけられたり、「死ねばいい」「バカ」「クズ」などと言われたり、だ(朝日新聞、18年6月22日「顔につば、『バカ』『クズ』と暴言 介護職の7割が被害」)。

著者情報

作家、活動家

雨宮処凛

あまみや かりん

1975年、北海道生まれ。作家、活動家。反貧困ネットワーク世話人。バンギャル、右翼活動家を経て、2000年に自伝的エッセー『生き地獄天国』でデビュー。自身の経験から、若者の生きづらさについて著作を発表する傍ら、イラクや北朝鮮へ渡航を重ねる。その後、格差や貧困問題について取材、執筆、運動を続ける。『生きさせろ! 難民化する若者たち』でJCJ賞受賞。著書に『一億総貧困時代』『「女子」という呪い』など多数。

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