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男が被害者であるはずがない、という盲点

雨宮処凛(作家、活動家)

 3月8日の国際女性デーの前々日、あるニュースが注目を集めた。

 千葉県の44歳の女性教師が教え子の男子中学生にキスなどをしたとして、懲戒免職処分を受けたという報道である。女性教師は放課後の校舎内や、休日に二人で出かけたディズニーランドなどで当時担任だった生徒を抱きしめ、キスをしたとのことだ。男子生徒がそのことを保護者に言ったことで発覚。保護者が市の教育委員会に相談して下された処分だという。女性教師は「互いに好きだった」「いけないことだと分かっていたが、気持ちを抑えられなかった」と話しているという。

 これまで、男性教師による女子生徒への強制わいせつ、盗撮などは多く報じられてきた。抱きつく、キスをするなどだけでなく、耳をなめる、自身のわいせつ動画を送るなど「事件」には枚挙にいとまがない。が、「女性教師から男子生徒へ」はあまり聞かないものである。

 報道を受け、ネット上では「先生、きっと綺麗だったんだろうなー」とか「憧れの年上の女性だったんだろうなー」などの意見が一部で飛び交っている。「羨ましい限り」みたいなノリで、おそらく男性が書いたのだろう。

 が、私は声を大にして「ちょっと待った!」と言いたい。なぜなら、男性教師が加害者だった場合、「カッコいい先生だったんだろうなー」「憧れの年上の男性だったんだろうなー」なんて意見は一つも出ないからだ。何か、「とにかく女性に言い寄られるのはいいこと」というような「前提」や「昭和の常識」が、人々の目を曇らせている気がするのだ。

 ちなみにこの事件で私が非常に気になるのは、女性教師が「互いに好きだった」と言っていることだ。しかし、男子中学生の本心など誰にもわからない。

 さて、ここで思い出しつつ、想像してみてほしい。自分が中学生の頃のことをだ。担任の異性教師が明らかに「自分に好意を持っている」として、それに気付いた時、中学生だったあなたは果たして拒絶できただろうか。

 変な拒絶の仕方をしてしまったら、そのことで逆恨みされ、それが成績に響くかもしれない。なんといっても高校進学を控えた身だ。しかも中学生にとって教師は、親と並んで自らの生殺与奪の権利を持っている超絶権力者である。特に担任教師は生徒を全方向から評価する立場という点で、自身の将来を人質にしているとも言える。そんな相手に対して、相手の気分を害さずに「NO」と言える子どもがどれだけいるだろう。

 本当に幼い子どもであれば、後先考えずに嫌だと言えるかもしれない。しかし、中学生ともなれば、少しは世間のことがわかってしまう年頃である。曖昧な態度のまま誤魔化すというくらいのことはできてしまう。

 ハラスメントが起きるのは、このように、少しでも力を持つ者が自らの力に無自覚になった時である。中学生に対しての教師、部下に対しての上司、社員に対しての社長、店員に対しての顧客などなど。そのようなわかりやすい形でなくとも、ハラスメントの芽はどこにでも潜んでいる。

 例えば私自身のことで言えば、フリーランスの私は誰かを雇っているわけではないので「スタッフへのパワハラ」は起きない。が、別の形で加害者になる可能性はいくらでもある。

 なぜなら、私には「ものを書く」という「権力」があるからだ。

 もし私が自分のその力に無自覚になった場合、簡単にハラスメントが起きるだろう。なぜなら、相手は「この人の気分を害したら、自分にとってマイナスのことを書かれるかも」と思うかもしれないからだ。私に少しもそんな気がなくとも、「ものを書く場がある」「ある程度の発信力がある」ということは、時に恐ろしい権力になりうるのだ。

 だからこそ、自分の「力」に常に自覚的であろうと言い聞かせてきた。25歳で物書きになってからずっとだ。そう思ったのは、デビュー前、多くの書き手を見てきたということもある。はっきりとではないが、文筆業に関心を持ち始めていたデビュー前、私は多くの作家やライターのイベントなどに出入りしていた。そんな書き手の中には素晴らしい人もいたものの、「発信する場を持っている」ことにあまりにも無自覚な人も少なくなかった。時は1990年代。今よりずっといろんなことが「緩かった」時代の話である。特に過激さを売りにしていたような当時のサブカル界隈は無法地帯な感じもあった。

 そんな状況を見てきた私は、デビューする時、思った。自身が「場合によっては人を殺せるくらいの恐ろしい武器を手にしている」ことに、常に自覚的であらねばならないと。だからこそ、力に無自覚な人を見ると男女問わず、「おいおいおいおい」と突っ込みたくなるのだ。そしてそんなふうに無自覚な人は、時に「勘違いの天才」でもある。

 冒頭の女性教師の件に限らず、やっかいなのは、性犯罪やハラスメント加害者の中には、一定程度「恋愛勘違い型」が存在するという事実である。自らの加害性を問われても何が問題なのかわからず、「恋愛だった」と本気で思い込んでいるパターンだ。

 例えばセクハラのケースで有名なものとして、男性上司が女性部下に「恋愛」をしているというパターンがある。恋愛だから、必死で誘うし気持ちを確かめようとする。しかし、相手にとっては上司だから無下に断れない。その後の関係がぎくしゃくしたり、仕返しされるのではという思いもある。自身を評価する立場の上司であればなおさらだ。最悪、失業の恐れもある。また、曖昧にかわす方法も成人女性であれば中学生よりはうまくなっている。それを「脈あり」と思い込み、強引にキスしたりした途端、「誰から見てもアウト」な状態になるのだが、多くの場合、本人は本気で何が問題かわからない、というケースだ。

 そんな話を見聞きする度に、いつも思う。なぜ「恋愛勘違い型」は、「自分はイケてる」「好かれてるはず」と思えたんだろうと。ある意味、その「自己肯定感」がどこから来るのか、本当に謎なのだ。なぜなら21世紀の今、この国の多くの人が自己肯定感の低さに悩んでいるからだ。

 独立行政法人国立青少年教育振興機構が、日本、アメリカ、韓国、中国の高校生に対して行なった調査でも、日本は各国の中でもっとも自己肯定感が低いという結果が見られたという。まわりを見渡しても自己否定感に苦しむ人は多い。

 かく言う私自身も、子どもの頃からどこかで「自分などいないほうがいい」「ほとんどゴミで汚物」と思っている節がある。同世代かそれより下の世代で、スクールカースト低めで生きてきた人間なら、多くが持っている非常にありふれた自身への評価ではないだろうか。そもそも「好かれる」とか思っちゃいけない、調子に乗るな、勘違いするなという戒めの声が心の中に常に響いているわけである。

 そんな「内なるダメ出し係」は、私を生きづらくもさせている一方で、「恋愛勘違い型犯罪とは無縁の人生」を送ることに一役買っていると言える。が、恋愛勘違い型犯罪を犯す人には、「内なるダメ出し係」の姿がまったく見当たらないのだ。

 私の知る限り、そんなタイプの男性に共通するのは「昔はイケてたっぽかった」ということだ。「自分はモテてきた」「口説けばなんとかなった」という成功体験があるのだろう。が、「モテの消費期限」は男女問わずやってくる。ある時期から期限が切れたことに気付かず「昔と同じやり方」をしたら大問題になり、ポカンとしている――。昔ながらの加害者の悲しい特徴だ。そのようなことを思うと、無邪気に自己肯定感が高いのも考えものである。

 さて、44歳女性教師の懲戒免職から始まった話題だが、私が「男性の被害」について考えるようになったのは、ここ最近のことだ。きっかけは、「必殺! フェミ返し」という技を編み出したこと。「女だから◯◯しろ」というような言い方に対して、性別を入れ替えて相手に返すやり方だ。

 例えば、子どもが保育園に落ちて仕事をやめる妻はいても、それで仕事をやめる夫を見たことがない。「夫の不倫を謝罪する妻」はたまにテレビで見かけるものの、その逆はいないなど。そのような言い方で「女性に日々降りかかる理不尽」を理解してもらうために編み出した「必殺! フェミ返し」。しかし、あらゆることで性別を入れ替えてみて気付いたのは、「男性への被害」が見過ごされていることだ。

 それだけではない。本人が被害を訴えても、「男は女に言い寄られると嬉しいもの」「据え膳食わぬは男の恥」なんて言い分で黙らされてしまう。それって、セクハラの被害を涙ながらに訴える女性に「セクハラされてるうちが華だよ」なんて暴言とまったく変わらないではないか。

 そんなことを考えていて、思い出したのは10年以上前のことだ。

 それは近所のスーパーで買い物していた時のこと。お婆さんが、フロアで働く高校生くらいのバイトの男の子に「かわいいねぇ」を連発しながらベタベタ触っていたのだ。お婆さんが、孫世代の男の子に「かわいさ」のあまり触れる。それは一見「微笑ましい」ような光景にも見えたから、特に気にも留めなかった。周りの人も。男の子は「ちょっと……」とか言って困った顔で、だけど苦笑いもしていた。

 しかし次にスーパーに行った時も、その次に行った時も、そのお婆さんは男の子に付きまといながらベタベタ触っていて、それは明らかにエスカレートしていた。

著者情報

作家、活動家

雨宮処凛

あまみや かりん

1975年、北海道生まれ。作家、活動家。反貧困ネットワーク世話人。バンギャル、右翼活動家を経て、2000年に自伝的エッセー『生き地獄天国』でデビュー。自身の経験から、若者の生きづらさについて著作を発表する傍ら、イラクや北朝鮮へ渡航を重ねる。その後、格差や貧困問題について取材、執筆、運動を続ける。『生きさせろ! 難民化する若者たち』でJCJ賞受賞。著書に『一億総貧困時代』『「女子」という呪い』など多数。

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