「今、フェミニズムの熱波が来ている!」スペシャル対談 松尾亜紀子×雨宮処凛
(構成・文/仲藤里美)
雨宮 あそこから、すごく状況が動きましたよね。過去に東京医科大学を受験した女性たちが原告になって損害賠償請求訴訟を起こしたり、今年の東京医科大学の入試では、不正な得点操作が排除されて男子と女子の合格率がほぼ同じになったことが報道されたり。そう考えると、すごく「コスパのいい」デモだったと思います。「安倍政権反対」みたいなデモだと、数万人集まっても何も状況が変わらない、強行採決され続けている6年半、みたいなところがありますから。私にとっても、東京医科大学の一件は「ちゃんと変わるんだ」という実感を得られたという意味で、とても大きかったです。
松尾 ただ、あれだけ反響が大きかったのは、「教育」という、誰もが「フラットでなければいけない」と考えている差別問題だったというのが大きいのかもしれません。あとで聞いたら、北原さんは「これが性暴力の問題についてのデモだったら、こんなに人は集まらないだろうな」と考えていたそうなんですよ。
400人が集まった奇跡のような夜
雨宮 月1回、花を持った女性たちが街頭に立つ「フラワーデモ」は、まさにその「性暴力の問題」に対する抗議行動ですが、どんな経緯で立ち上がったのですか?
松尾 北原みのりさんや田房永子さんと「最近、『おかしい』と感じる性暴力事件の判決が続いてるよね」という話になったのが始まりです。ちょうど、SNSでは判決への疑問に対して、法曹界から「法で定められた通りの判決なんだから、不当ではない」といった声がちらほら聞こえてきていた時で。ここで声を上げなかったら、一見正しいように見える「専門家の意見」に、私たちの違和感が潰されちゃうんじゃないかという危機感もあって、「何かしなければ」ということになったんです。
呼びかけるにあたって、北原さんの発案で韓国の#MeTooデモを参考にしようということになって。「#WithYou」というハッシュタグは私たちも使っていますが、韓国のデモはまさにそういう感じで、常に「私たちがここにいるから、これまで声を上げられなかったあなたも、声を上げてください」という姿勢が貫かれているんです。
韓国人の元日本軍「慰安婦」として初めて実名で名乗りを上げた金学順さんも、そんなふうに彼女を支援する人たちがいて、支援する場があったからこそ声を上げられた。韓国ではずっとそういう流れが続いているんだ、と聞きました。日本にもそんな場をつくりたい、同じ思いを抱えた女性たちが集まれる「広場」にしたいと考えたんです。それで、「#WithYouの気持ちを込めて、行幸通りにお花を持って集まりましょう」と、第1回のフラワーデモを呼びかけたのが4月11日。400人も集まってくれて、びっくりしました。
雨宮 私も北原さんから声をかけていただいて参加したんですが、どれだけ人が来るんだろうという不安はありましたね。東京医科大学の時と違って裁判の話だし、性暴力事件なんて自分には関係ないと考える人も多いんじゃないか、と。それが、行ってみたらたくさん集まっていて。若い人も多かったし、一人で来ている人がほとんどでした。
松尾 スピーチを進める中で、性暴力・性被害を受けた自分の体験を話す人がどんどん出てきたことにも驚きました。誰がそう仕向けたわけでもなかったのに。
雨宮 性暴力を受けたとか、今でもフラッシュバックに苦しんでいるとか、すごく親しい人にすら言いづらい、もしくは親しい相手だからこそ言えないようなことも、ここでなら言えるという安心感がなぜか最初から担保されていましたよね。そうして体験をシェアすることで、みんなが癒やされるというような、奇跡的な夜だったと思いました。すごく寒い日だったのに、結局2時間くらい続いてね。
松尾 その一方で、予測していたように、最初メディアはほとんど来ていなかったんです。「ここであきらめるんじゃなくて、声を上げ続ければいいよ」という話を私たちはしていたんですけど。でも、1回目のフラワーデモが朝日新聞で取り上げられたこともあって、2回目からは一気に参加者も、メディアの数も増えました。5月以降、毎月11日に実施していますが、東京だけではなくて各地で「私たちもやりたい」という人たちが立ち上がってくれて。今は、名古屋や大阪や鹿児島や、日本全国にフラワーデモが広がっています。

男性にとっての「#MeToo」
雨宮 6月には、福岡でのフラワーデモにも行かれたんでしょう? さっき、福岡は「男尊女卑の牙城みたいな場所」とおっしゃっていましたが、どうでしたか。
松尾 実は私自身は、福岡でフラワーデモなんて、まだまだ無理! 今は絶対あり得ない、と思っていたんです。それが、2回目の5月に、「福岡でもやりたい」と手を挙げ、開催してくださった地元の方がいて。
当然ながら、福岡にもずっと、性暴力被害者支援などの活動をずっと続けてこられていた方たちがいるんですよね。デモを通じて、そういう女性たちともたくさん知り合えて、本当によかったと思いました。私が福岡時代に感じていた違和感についても話して、「そうだよね」と共感してもらったり。あと、印象深いことがあったんです。滞在中に聞いたある男性の発言なんですけど。
雨宮 男性ですか。
松尾 フラワーデモに来る男性は、「今までこんな事実は知りませんでした」とか「僕らも応援します」とか、まだまだ他人事な発言をされる方がほとんどなんですね。でも、その70歳くらいの男性が話してくれたのは、まさに自分自身のお話だったんです。その方は、現役の頃、職場の飲み会に出ると、そのあとはみんなで必ず性風俗に行くのがお決まりの流れになっていたというんですね。そこで「私は行きません」と言うことは、男性社会からパージされるということ。だから自分は「行きません」とは言えなかったし、毎回一緒に行っていた。でも、本当は行きたくなかった。心が引き裂かれて、ずっと辛かったんだ、とおっしゃっていました。
雨宮 うわあ……なんだか、日本の男社会の象徴みたいな話ですね。「職場の付き合い」のために、引き裂かれながら性風俗にも行って、傷つきながら妻子を養っていた、みたいな。あまりにつらすぎるし、誰も幸せじゃない。それにしても、世代的にも、弱音を吐くのなんて男らしくない、という教育を受けているだろうに、よくそんなにストレートに話をしてくれましたね。
松尾 そうなんですよ。よく言ってくれたなと思って。男性にとっての#MeTooってこういうことなんじゃないか、そういう発言をもっと聞きたいな、と思いました。
ウーマンリブから「フラワーデモ」へ
雨宮 5月以降の東京でのフラワーデモって、松尾さんたち最初の主催メンバーは他の都市に行っていたりして不在だったでしょう。でも、その場にいる人たちが、それぞれ自分たちのやり方でつくり上げているという感じがして、すごくよかったですよ。これまでの市民運動って、最初に声を上げたのが女性であっても、途中から年配男性の運動家が入ってきて「そんなやり方じゃダメだ」みたいに仕切り始めて、ということがよくあったと思うんです。フラワーデモは全然そうではなくて、ずっと女性が主体になっている。それってすごいなと思いました。ある意味で、戦後の日本の運動で初めてのケースではないかという気もしています。
松尾 そうですね…….。大先輩のフェミニストが、フラワーデモは当時のウーマンリブの空気と似ている、という話をしてくださって。ウーマンリブの運動の中では、女性たちが「いかに自分たちが差別構造の中で抑圧されてきたか」ということを語り合って意識を高めていく、同時に自分の内なる差別意識にも気づいていくという、CR(Consciousness Raising : グループ討論により意識改革・意識高揚をめざす運動形態)という手法が取られていたんですね。このCRと、シスターフッド(女性同士の連帯)が、ウーマンリブの二大柱になっていた。今、フラワーデモで起こっていることはまさにそれだよね、と言ってもらえたんです。
雨宮 ここ2年くらい、以前は「フェミなんて大嫌い」と言っていたような女友達が、「やっぱり私、フェミになるわ」と言い出すということが続いているんです。きっかけは伊藤詩織さんの事件 (元TBS記者の山口敬之氏から意識を失った状態で性行為を強要されたと訴えている)とかいろいろですけど、かつては「フェミニスト」イコール「清く正しく高学歴でなくてはいけない」、だから自分にはフェミニストの資格がない、と思っていたような人たちが、次々に「フェミニスト宣言」をし始めていて。それはやっぱり#MeTooが広まって、たくさんの人たちが自分の経験を語り始めたからこそだと思って。「語る」「経験を共有する」というのは、本当にフェミニズムの基本だなあ、と思います。
松尾 はい、本当にそう思います。先ほど「90年代サブカル」の話をしましたけど、ああいう「何でもあり」「ひどいことをやったほうが勝ち」みたいな空気の中で、日本のフェミニズムも見えづらくなってしまっていた側面があるかもしれません。でもその前からもその頃も、ずっと声を上げ続けてきた人はいたわけです。それを再び「更地」に戻さないためにも、声を上げることは絶対にやめてはいけないと思っています。今、フェミニズムに注目が集まっているのは「一時的なブームに過ぎない」とか揶揄されることがありますが、その「ブーム」が終わってからも声を上げ続けていけるかどうかが大事なんじゃないでしょうか。

フラワーデモの様子(資料提供 : 松尾亜紀子)
『エトセトラ』とフラワーデモの今後
雨宮 では、最後に今後の話を。『エトセトラ』は今後、どのくらいのペースで出していく予定ですか?