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連載

「コロナ離婚」「コロナ破局」と、非常事態が日常となった今

雨宮処凛(作家、活動家)

「コロナ離婚」
「コロナ破局」

 新型コロナウイルス感染が拡大し始めた頃から耳にするようになった言葉だ。言葉通り、コロナをきっかけとした離婚、破局。

 思えば、3.11の時もそれをきっかけに結婚するカップルが増えたり、「家族が欲しい」と婚活に励む人が増えたりした。一方で、震災をきっかけとした離婚の話も耳にした。あれだけの大災害を前に、「人生、いつ何が起きるか分からない」と考え、「この人とずっと一緒にいていいのか」と疑問に思った人もいれば、「人生一度きり、自分のやりたいことをしたい」と離婚に踏み切った人もいる。災害は、時に人の人生を大きく変える。

 私の周りでも、コロナ離婚、コロナ破局までは至っていないものの、パートナーとの関係の見直しを迫られている女性が多くいる。「ステイホーム」となり、一緒にいる時間が長くなったことにより、「さらに仲良くなった」という声よりも「夫・ 彼氏の言動がマジで無理になった」「許せない」「帰ってきてほしくない」「会いたくない」という声の方が圧倒的に多いのだ。

 その中でもよく聞くのが、「価値観の違いが非常時に剥き出しになる」系の対立だ。

 3月頃から、メディアなどでは「症状がなくても自分が感染しているつもりで行動を」と呼び掛けられ始めた。私自身もそのメッセージを受け、行動をかなり変えた。4月初め、北海道に住む祖母が亡くなったのだが、葬儀への参列も断念した。苦渋の選択だったけれど、そうするしかなかった。

 一方で、東京を含めた7都府県に緊急事態宣言が出される4月7日以前は、まだ普通に飲みに誘ってくる人もいた。「え、これだけ自粛自粛って言われてるのに、この人たち、飲み会やってるんだ」と戸惑いつつも、幾度か断ったことを覚えている。友人や仕事相手だったらそれで終わるが、「自粛と言われているのに飲み会に行く」のが夫や彼氏だったら。おそらく、喧嘩になっていただろう。

 私の周りにも、そんな夫・彼氏の行動にブチ切れている女性がいた。

「せっかくこっちがいろんなもの除菌して消毒して、帰ってきたらすぐお風呂に入ってってやってるのに、夫が飲み歩いてたらなんの意味もない! 帰ってきてほしくない!」という悲鳴。しかも飲み歩く言い訳が「給付なき自粛で困っている居酒屋を助けてあげるため」とのことで、「居酒屋助けるより家族の命を守れ!」と至極まっとうな主張に深く頷いた。

 一方、やはり自身は自粛とは無縁な上、自粛する人間を「国の言うことを聞く小市民」とバカにするような彼氏の言動に触れた女性は、「そんな人だと思ってもみなかった。びっくりした。本気で別れたい」と思い詰めていた。このように、非常事態は「今まで見えなかった一面」も浮き彫りにしている。

 コロナを機に同棲、あるいは半同棲状態になったカップルも少なくないようだが、ここでも様々な齟齬が剥き出しになっている。

 例えば友人の例では、彼女が在宅ワークとなったものの、彼氏はどうしても出勤しなければならない仕事。結婚を考えていた2人は彼女の家で半同棲に近い生活になったらしいのだが、彼氏の方は「在宅ワーク」=「暇」と思い込んでいるらしく、それが様々な諍いのもとになっているようだ。

「こっちは在宅だけど当然仕事はちゃんとしなきゃいけないし、前より彼氏がいる時間が長いから洗濯物が増えたりとか微妙に家事も増えてるのに、向こうは食事は当然私が作るものだと思い込んでる!!」

 しかも、そのことをやんわりと伝えると、「だって家にいられるじゃん? それにひきかえ 俺なんてこんなご時世なのに……」と「被害者感」を濃厚に出し、さらに「命がけの戦に向かう兵士」のように遠い目になったりするのだという。

「あんまり言うのもかわいそうかなと思うけど、でも、在宅ワークが暇だって決めつけないでほしい!」

 この言葉には、心から共感する。そう、在宅ワークは決して暇ではない。これは物書きという在宅ワーク歴20年の私が声を大にして言いたいことだ。しかし、世間的には「家にいる」=「暇」「時間的余裕がある」と思われ、面倒なことを持ち込もうとする人が時にいる。

「雨宮さん、在宅だよね? 今度子ども預かってくれる?」とか「家にいるならちょっとこの活動、手伝いに来てくれない?」などと言ってくる人がごくごくたまにいて、そういう人からは秒速で逃げるようにしている。多くの人にとって家は休み、くつろぐ場所だから勘違いするのも仕方ないかもしれないが、20年間在宅ワークの私にとって、家とは仕事場でもある。在宅だからって、片手間で仕事をしているわけではないのだ。

 ちなみに私の場合、「完全無音」でないと仕事ができない。また、家に人がいるだけで集中できない。別室でも、気配でもダメだ。

 そして在宅ワーク=家事をする時間があるというのも大いなる間違いだ。締め切りが重なっている時など、自炊はおろか数日間、風呂にも入らず掃除もできず、ただただパソコンに齧り付いているという状態だ。こんな時に「在宅ワークに理解のないパートナー」などに当然のように食事作りを頼まれたら。もう、事件が起こる予感しかない。

 さて、コロナによって浮き彫りになった齟齬の中には「夫・彼氏が経営者」というパターンもある。自分と社員の命を守るため、リモートワークにするなど自らが決断すべき立場なのに、漫然と出社し、社員も出勤させていることが理解できないという言い分だ。

「業種的にも絶対リモートワークにできるのに、ものすごく無頓着に出勤させてて、何度言っても『リモートじゃ無理』って言うだけで、社員には家族もいるのに、もう夫が殺人犯に見えてきた……」

 そう嘆く女性もいた。裁量があるからこそ、命を最優先に考えないやり方が腹立たしいのだろう。

 このように、非常時には、相手との価値観の違いが剥き出しになる。パートナーとの齟齬に苦しむ女性の中には、「いざという時、守ってくれる人だと思ってたのに!」と嘆く人もいた。しかし、そう思っていた相手は、守ってくれるどころか飲み歩くなど今は存在自体がリスクである。コロナ禍は、「いざという時、なんの頼りにもならない男」を見事にあぶり出している。

 ちなみに私は、「いざという時守ってくれる」という言葉にずっと胡散臭さと危うさを感じてきた。なぜなら、「いざという時」は、当たり前だが滅多に訪れない。一方で、災害大国である日本に住んでいることを考えると、「いざという時」に頼りにしたいのは自衛隊やレスキュー隊、災害救助のプロである。なんの訓練もせず知識もない口だけの素人を頼るより、よほど生存確率が上がるだろう。

 その上、「俺、いざとなったらお前のこと命がけで守るから」などとやたらと強調する男はいろいろと要注意である。「だから今は休んでる」「いざとなったら本気出すから」と「有事」を口実にした怠け者率が高く思えて仕方ないのだ。

 そんなことよりも、日常の365日がいかに一緒にいて心地いいか、ストレスがないかが重要ではないだろうか。そして今は、「非常事態の日常」が続いているのである。その中で必要とされるのは、「俺がコロナからお前を守る」という、B29に竹槍で挑むような寝言ではない。毎日の食事作りや掃除洗濯などの家事能力、いわゆる生活力全般だ。「いざとなったら」などと言う前に、だったらまずは飯作れ、という話である。

 さて、そんなふうに近しい関係でいろいろなことが剥き出しになったコロナ禍だが、一人暮らしの私が安泰だったかと言えばそんなことはまったくなく、遠く北海道に住む母親といろいろあった。一言でいうと、「母親の恐怖が感染した」のだ。

 東京の感染者がうなぎ上りとなり、緊急事態宣言が出た頃から、母はしょっちゅう電話してくるようになった。まだ北海道に第2波が来る前のことだ。「もういらないから」と言って、余った消毒液なんかも送ってくれた。それ自体は非常にありがたいことだ。

 が、状況はどんどん悪化していった。4月上旬、安倍晋三首相は、このペースでいけば東京だけで1カ月後には感染者が8万人を超えるという見通しを語り、4月15日、厚労省クラスター対策班は「対策がなければ、全国で最悪42万人が死亡する」という警告を発した。テレビでもネットでも、海の向こうのアメリカやイタリアの惨状を伝えていて、死者が多すぎて埋葬が間に合わないことを伝えるニュースには、棺が山積みになった映像などが映し出されていた。

 もし、コロナに感染してしまったら。

 何度もシミュレーションしたけれど、絶望的なラストにしか行き着かなかった。テレビにもネットにも、何時間電話しても保健所には繋がらず、明らかに症状があるのに受診できないという人たちの悲鳴が溢れていた。その上、私は喘息持ち。もし感染したとして急激に悪化したらどうすればいいのだろう。しかも一人暮らしの私が入院して意識をなくしたりしたら、猫のぱぴちゃんはどうなる? 簡単に知り合いに手伝いを頼むことができないのがコロナのやっかいなところで、最悪、餓死だ。考えれば考えるほど、最悪の結末しか浮かばなかった。しかも、保健所の対応一つとっても、この国が完全に機能不全を起こしていてまったく頼りにならないのは誰の目にも明らかだった。

 そんなふうに私の不安がピークに達した頃、母は「猫とともに北海道に一旦戻って来たらどうか」と提案してきた。来たら2週間は、親戚の家の空き家に滞在すればいい、そこに荷物も全部用意するから、と言うようになったのだ。

著者情報

作家、活動家

雨宮処凛

あまみや かりん

1975年、北海道生まれ。作家、活動家。反貧困ネットワーク世話人。バンギャル、右翼活動家を経て、2000年に自伝的エッセー『生き地獄天国』でデビュー。自身の経験から、若者の生きづらさについて著作を発表する傍ら、イラクや北朝鮮へ渡航を重ねる。その後、格差や貧困問題について取材、執筆、運動を続ける。『生きさせろ! 難民化する若者たち』でJCJ賞受賞。著書に『一億総貧困時代』『「女子」という呪い』など多数。

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