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連載

「コロナ離婚」「コロナ破局」と、非常事態が日常となった今

雨宮処凛(作家、活動家)

 しかし、世間では「コロナ疎開」は批判を受けている。もしすでに感染していたら、東京から移動することは感染を広げることになる。でも、コロナは怖い。そんな私に、母は何度も私が「東京にいることが心配で仕方ない」と電話やラインをしてきた。その度に、「今、東京にいる」ことがとてつもなく恐ろしいことに思えてきた。そうして母と電話すると、切羽詰まった口調に心臓がドキドキするようになった。ただでさえ不安なところに、母の心配と不安と恐怖が、そのまま私に感染したように上乗せされて増殖していったのだ。

 4月半ば頃、私は眠れなくなった。一睡もしないまま夜が明けた日、「あ、私今、かなりヤバい」と思った。この頃、私はコロナ不況を受けて住む場所を失った人の支援活動などをしていたけれど、それ以外で人と会うことはほとんどなかった。支援活動で外に出れば「今日、感染したかも」と怯える一方で、家にいればいたで「他の支援者たちは今日もボランティアで走り回っているのに私だけ家にいていいのか」と罪悪感に苛まれた。

 だけど、コロナは怖い。でも、みんな頑張ってるのに、困ってる人がたくさんいるのに……。不安と恐怖と勝手な罪悪感が、自分の中でどんどん大きくなっていった。

 そんな夜を何度も過ごして、そして母には「北海道には行けない」ことを伝えて、しんどい時は電話をとらないようにした。そのうちに、母の不安も少しずつ落ち着いてきたようだった。

 今思えば、あの時期、お互い話せば話すほど、不安と恐怖がお互いの中で倍増していた気がする。不安な時は「気持ちを吐き出した方がいい」と言うが、母の口から吐き出される不安の言葉は、そのまま私の不安と恐怖を100倍くらいに増幅させた。一方、母は感染が拡大し続ける東京にいる娘が「戻る」と言わないことでさらに不安を倍増させていたのだろう。

 長い時間を経て、緊急事態宣言は解除された。このまま感染拡大が落ち着いてほしいと、切に思う。同時に、あの4月の、生きた心地のしない 日々を決して忘れてはいけないと思うのだ。

 そうして、「非常事態の日常」が、まだまだ続いていく。

次回は7月1日(水)の予定です。

著者情報

作家、活動家

雨宮処凛

あまみや かりん

1975年、北海道生まれ。作家、活動家。反貧困ネットワーク世話人。バンギャル、右翼活動家を経て、2000年に自伝的エッセー『生き地獄天国』でデビュー。自身の経験から、若者の生きづらさについて著作を発表する傍ら、イラクや北朝鮮へ渡航を重ねる。その後、格差や貧困問題について取材、執筆、運動を続ける。『生きさせろ! 難民化する若者たち』でJCJ賞受賞。著書に『一億総貧困時代』『「女子」という呪い』など多数。

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