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連載

ALS女性嘱託殺人事件〜「死ねなくてかわいそう」の前にできること

雨宮処凛(作家、活動家)

 彼女の病状がどれほどのものだったのかは分からないが、筋肉が衰えていくALSでは、ある時期、呼吸器をつけるかどうかの選択を迫られる。自発呼吸も難しくなるからだ。それは呼吸器をつけて生きるか、あるいは死ぬかという究極の選択なのだが、結果的に3割が呼吸器をつけることを選択し、7割がつけずに死ぬ。その際、男性と比較して女性の方がつけないという選択をすることが多いと聞く。

 その背景にあるのは、「家族に迷惑をかけたくない」という思いだという。もちろん、男性の中にもそのような理由から呼吸器をつけない選択をする人もいるが、「家族の介護などのケア労働は主に女が担うもの」という価値観は、その割合に色濃く反映されている気がして仕方ない。

 しかし、一人暮らしをし、24時間ヘルパーに支えられるという環境を整えていた彼女は、少なくとも家族に気兼ねする必要はなかったのだ。もちろん、病気の残酷さはよく分かる。こんな状態になってまで生きていたくないという気持ちになるのも分かる。しかし、「それなら死なせてあげましょう」と尊厳死法制化の議論が進むことにはあまりにも違和感がある。「死ねないのがかわいそう」より前に、「生きる希望が見出せない状態をどう支援できるか」という問題ではないのか。最近は「欲望形成支援」という言葉もよく耳にする。

「あなたという人間が必要である」

 もし、京都の女性が多くの人からそんな言葉をかけられていたら、それでも死に引き寄せられただろうか?

 それだけではない。

「いつかみんな、特効薬が開発されて治る日を夢見てるんですよ」

 支援者にそう聞いた時、深く納得した。「過酷」に見える中でも生きられるのは、そんな希望があるからなのだろう。もし、自分が難病に冒されたら、もっとも望むのはそのことだと思う。そしてたまに、「ALSにこの物質が効くかもしれない」などのニュースが流れると、私の知る当事者は必ずそんなニュースをリツイートしている。

 病によって生きることに絶望し、命を絶った翌日、特効薬が開発されたりしたら死んでも死に切れない。新薬開発を含め、死なせる方法より、生きる方法を、もっともっと模索すべきだと、今、切実に思うのだ。

次回は9月2日(水)の予定です。

著者情報

作家、活動家

雨宮処凛

あまみや かりん

1975年、北海道生まれ。作家、活動家。反貧困ネットワーク世話人。バンギャル、右翼活動家を経て、2000年に自伝的エッセー『生き地獄天国』でデビュー。自身の経験から、若者の生きづらさについて著作を発表する傍ら、イラクや北朝鮮へ渡航を重ねる。その後、格差や貧困問題について取材、執筆、運動を続ける。『生きさせろ! 難民化する若者たち』でJCJ賞受賞。著書に『一億総貧困時代』『「女子」という呪い』など多数。

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