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連載

「沈没家族」が教えてくれること〜カオスの中の共同保育

雨宮処凛(作家、活動家)

 そうして始まった沈没家族は、集まった一人ひとりにとってかけがえのない場になっていく。ある人の書いた「保育ノート」にはこんな記述がある。

〈沈没ハウスに来る。意中の女性と保育デートができる。土を連れてその人と外へ公園行く。土が大きくなったら、俺をダシにしやがってと殴られないか不安だ〉

 そんな大人もいれば、子どもは子どもでしたたかだ。沈没家族は土くん一人の共同保育を経て、シングルマザーとその子どもと大人の住人が住む一軒家の「沈没ハウス」になるのだが、大人と子どもが複数いる場は子どもにとってはカオスでもあり楽園でもある。なぜなら、親に怒られたとしても他の大人が慰め、甘やかしてくれるからだ。核家族ではあり得ない逃げ場が、沈没ハウスには無数にあった。

 沈没家族は、大人たちにも様々な作用をもたらした。土くんの子育てに関わったことが唯一の子育て体験だった人もいれば、それがいい「練習」になったという人もいる。

〈沈没ハウスで、子育てするのめちゃ大変だなと知ることができた。(中略)でも同時に、子育てって手を抜いていいんだなということも知れた」と語り、今、子育てに奮闘する人もいる〉

 土さんは、同書『沈没家族 子育て、無限大。』で以下のように書く。

〈経済的に厳しいシングルマザーの穂子さんと、その前で横たわる赤子を救ってくれたのは、まぎれもなくそこに来た人たちだった。義務でも契約でもない。来たいひとたちが来るという、ゆるゆるとしたつながり。オムツを替え、ごはんを食べさせてくれて、遊び相手になってくれた〉

〈一番長い時間をともにした穂子さんには、場を作ってくれてありがとうという想いがある。子どもは親がいちばん愛情を持って接しなくてはならないという規範があるとしたら、穂子さんはそこから外れているように見えるのかもしれない。でも、彼女は自分ひとりでは育てられないということを認めたうえで、ひとに助けを求めた。「できない」というところからスタートして、チラシをまいた結果、たくさんのひとが穂子さんに巻き込まれていった〉

 助けて、と誰かが言っていたら、それを聞いた人は放っておけない。子どもがいたらなおさらだろう。沈没家族は、その当たり前が成立したギリギリ最後の時代の奇跡だったようにも思える。今だったら、子どもの保育に関わる人間は「安全かどうか」ばかりが問われ、「今日暇だから」子どもの世話をするようなやり方が受け入れられる余地はない。もちろん、安全は重要だが、90年代の東京には、長屋で子育てするような感覚が、おそらく遊びや実験の一つとして一部若者たちに共有されていた。

 ちなみに穂子さんは現在、八丈島で「うれP家」という、お年寄りや障害者や猫やいろんな人や動物が集まってごちゃまぜで飲んだり食べたり交流するような活動をしている。映画に映し出されるその光景は沈没家族とよく似ていて、なんだかとても嬉しくなった。

 どこにいようとも、金がなくとも、交流があれば生きていける。コロナ禍でなかなか人と会えない現在、沈没家族の試みは、たくさんのヒントを与えてくれるのだった。

次回は11月4日(水)の予定です。

著者情報

作家、活動家

雨宮処凛

あまみや かりん

1975年、北海道生まれ。作家、活動家。反貧困ネットワーク世話人。バンギャル、右翼活動家を経て、2000年に自伝的エッセー『生き地獄天国』でデビュー。自身の経験から、若者の生きづらさについて著作を発表する傍ら、イラクや北朝鮮へ渡航を重ねる。その後、格差や貧困問題について取材、執筆、運動を続ける。『生きさせろ! 難民化する若者たち』でJCJ賞受賞。著書に『一億総貧困時代』『「女子」という呪い』など多数。

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