虐待、親の精神疾患、援助交際、そしてコロナ禍〜「普通になりたかった」という彼女
雨宮処凛(作家、活動家)
多くの人が「虐待」という言葉で思い浮かべるのは、船戸結愛ちゃんのような幼い子どもの痛ましい死ではないだろうか。しかし、亡くなる子どもが報道される一方で、この国にはその何倍もの「生き残った子ども」たちがいる。その「元子ども」たちは、トラウマを抱えてその後の人生を生きていかなくてはならない。
それだけではない。「親に頼れない」というハンディを抱えた中、格差社会をサバイブしなければならないのだ。
「もし自分だったら」と考えてほしい。20歳そこそこで、親に頼れずに自立などできただろうか。
私自身のことで言えば、高校を出て美大の予備校に入るために北海道から上京した18歳から物書きとしてデビューする25歳の7年間は、もっとも親に迷惑と経済的負担をかけた時期だった。予備校時代は学費を払ってもらった上に仕送りしてもらっていた。進学を諦めフリーターとなってからは、バイト代だけでは足りず、家賃を滞納したり電気やガスが止まるたびにお金をせびっていた。あの時期、親に頼れなかったら。私はいろんなことを諦めて、失意の中、実家に帰っていただろう。
しかし、虐待で親から逃げ続けている「元子ども」たちには、帰れる実家もないのだ。
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せめてリカさんが住む場所や学費に困らず安心して学べる制度があったらと思うのは、私だけでないだろう。
さて、そんな時期に出会ったのが、前回の本連載「DVを経験した彼女が、加害者更生と女性支援を続ける理由」にも登場して頂いた吉祥眞佐緒(よしざきまさお)さんだ。彼女の支援を受け、現在は生活保護を利用しながらシェアハウスで暮らしている。やっと「いつまでここにいられるのか」を心配せず、落ち着いて過ごせる日々がやってきたのだ。
そんな彼女にとって大きな心配は、「母親に居場所がばれないか」ということだ。親から逃げているすべての人にとって切実な問題だろう。
が、これには「支援措置」という制度が使える。虐待の被害者やDVやストーカー被害者が申し出れば、住民票の写しや戸籍の附票の写しの交付などが制限される制度だ。親子や婚姻関係がある相手は住民票や戸籍の住所を見られるため、逃げた人が新しい居場所を知られないための制度である。詳しくはNHKハートネットの記事「虐待・DV 家族に住所を知られたくない人のために」(21年8月18日)を参照してほしい。リカさんも、この制度を使っている。
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やっと安心できる居場所を手に入れつつあるリカさんに、子どもの頃、大人たちにどんなふうにしてほしかったか聞いてみると、彼女は言った。
「なんかしら、関わり続けてほしかった。私が『もういいです』って言ったらみんな引いたので。傲慢かもしれないけど、気にかけていてほしかった」
児童相談所は大量服薬をして保護された時は「わーっと来た」ものの、保護が解除された途端にいなくなった。親戚宅に住むようになってからも、伴走するような支援はなかった。中学時代、唯一相談できると思っていた先生には、「お母さんも頑張ってるのよ」と言われて心が折れかかった。大学生になってから出会った支援者にも、「ここまでしかできません」と線を引かれている感覚があった。
しかし、吉祥さんとの出会いは彼女を変えたようだ。「細く長く関わっていこう」と言ってくれて、時に怒ってくれる存在。もうひとつ安心できる居場所的なところもあり、今、リカさんは他者への信頼を取り戻しつつあるように見える。
が、当然、波はある。嫌なことがあったりすると、全部リセットしたくなる衝動が抑えられないこともあるという。住まいを失い、いろいろなところを転々としてきたので、トランク1個でいつでも逃げられる状態でないと安心できないようだ。それでも、彼女が手を伸ばせば、今は握り返してくれる人がいる。
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まだ、20代前半。これまで大変だった分、たくさんたくさん幸せになってほしいと勝手に熱望している。頭の回転が速く、自分の気持ちを言語化することに長けている彼女がこれからどんな大人になっていくか、それを見るのも楽しみだ。
そして彼女と同じような境遇の「元子どもたち」が、もっともっと生きやすい社会になるよう、その小さな声に耳を澄ましたい。改めて、そんな決意を固くしたのだった。