「女」を背負って殺された彼女 ~ジェンダーの視点から読み解く、半世紀前の連合赤軍事件
雨宮処凛(作家、活動家)
夫との関係も特殊である。夫の方はのちのインタビューで二人の関係は「同志」だったと強調するが、対等な同志ではなく、彼女は「秘書」だったと言う。その役割は、「僕は活動するから、生活を支えてくれということです」。
思わず「クソヒモニート!!」と叫びたくなるのは私だけではないだろう。しかもこれに「自称革命家」がつくのである。
そんなことを示すような文章がある。生前の遠山が獄中の夫にあてたものだ。そこには夫と「結合」することに対する思いが綴られているのだが、「あなたの踏み台になる事を約束し」という一文がある。著者はこの「踏み台」について、以下のように書く。
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「革命家であるあなたとの生活費を用意し、住む場所を維持し、レポや文書の管理をし、言葉は悪いが性的奉仕もしますということを意味した」
この文の前に、私は凍りつく。これほど女をバカにし、踏みにじる男たちの「革命」など、はっきり言ってクソ喰らえではないか。
だけどその構図が、「よくあるもの」であることも知っている。
例えば遠山は、夫と出会う前にいた別の団体では「自立して活動していた」という。そこにいた時は本当に楽しそうだったという証言も多くある。しかし、赤軍派幹部の恋人となり妻となった途端、「特定の男性の付属物」となってしまうのだ。
このような経験は、多くの女性にあるのではないだろうか。私はある。「〇〇の彼女」「あの人の恋人」でしかなくなる経験。しかも自分は何も関係ないのに、その男の評価で自分に対する評価まで決められてしまうような体験。その逆は、めったにないというのに。
そんな男の子どもを身ごもりながらも政治活動を続けるために中絶を選択した遠山は、自身を「中性の怪物」になったと嘆いてもいる。
一方で、男性を通じて自己実現しようという女性は今もいる。というか、30年にわたる経済的停滞が続く中、そっちの方が「手っ取り早い」と思う気持ちも少しは理解できる。なぜなら、昭和の時代と比較して、令和の今でも「女」の処遇は大して変わっていないからだ。
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最近、やはり「政治の季節」の時代について書かれた荒井裕樹著『凛として灯る』(現代書館、2022年)を読んだのだが、そこにはまさに、そのことを言いあてるような文章があった。
多摩美術大学の学生運動で、女性たちが運動内部の性の壁にぶつかる描写である。引用される中にある「森」というのは、運動の中で男への対抗意識を強く持ったという女性。
〈(前略)「女にデモの指揮先導は無理」と言われれば、自分にやらせろと前に出た。対機動隊を想定した戦闘訓練にも、女たちの中からただ一人参加した。
だが、男と対等になろうとがんばる森に対し、男たちから下されるのは「女にしておくにはもったいない」という評価だった。
男の下にいるべき女の中に、珍しく男の仲間入りを望む女がいる。ならば、その殊勝な女を男の下っ端に加えてやる。こうした男目線の評価は、女を蔑みながら、一部の女を条件付きで認めるものだった。
女が「男と対等でありたい」とがんばれば、男はその女を「その他の女」から切り離して「男の下」に置いてしまう。森が直面したのは、圧倒的に男有利に仕組まれた力構造だった。
こうした力構造の中で、女である森が「男に負けたくない」と力めば力むほど、森は男からの承認を受け、自分以外の女を裏切ることになってしまった。
森は、女は女たちとつながらなければならないと考えた。バリケードの中の女たちに広く声をかけ、飲み会を開いた。特に夜は女が一人にならないよう、グループを超えて声をかけて回った。酒に酔った男が何をするかわからないからだった〉
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当時の女たちの心境を思うと泣けてくる。そしてこの構造が半世紀経った今も基本は変わらず残存してることにも、泣けてくる。ただ、当時の「森」と同じように、「女は女たちとつながらなければならない」ところは同じで、そこには大きな希望がある。
さて、20代の頃から何冊も連合赤軍について書かれた本を読み、この事件を描いた映画を何本も観てきた。その中で、これまで、遠山は「女らしい」見た目や振る舞いによって目の敵にされ、集団リンチの的となったのだと思っていた。
しかし、それだけではなかったのだ。「幹部の妻」という「付属物」であり、夫の行いによって妻が責められるような構図があったからこそ、彼女は壮絶な暴力の犠牲になったのではあるまいか。
あまりにも、「女」を背負って死んだ遠山美枝子。その死から半世紀、生きていれば、彼女は今年、76歳になる。