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病まずに何かを続ける秘訣〜「師匠」の死から学んだ数々のこと

雨宮処凛(作家、活動家)

 亡くなる数年前からは体調を崩し、あらゆるイベントなどのドタキャンが相次いでいた。そのことでまた自身を責め、小指2本を切断する自傷行為をして入院したりもした。そうして見沢さんは少しずつ壊れていき、マンションから飛び降りてしまった。 

 見沢さんが亡くなった時、私は30歳。物書きデビューして5年目になっていた。

 この時、私は思った。見沢さんみたいに命懸けでやっていたら、死ぬかもしれないのだと。真面目に逃げずに文学と格闘した果てに壊れ、死んだ見沢さんを見て、自らを守る方法を考えた。その結果、無意識にやっていたのがここまで書いてきたようなことなのだ。見沢さんだって、死ぬくらいだったらもう何もかも「やーめた」と投げ出せばよかったのだ。ドタキャンに罪悪感なんて感じる必要、なかったのだ。もっとテキトーに生きてよかったのだ。

 それ以外にも、見沢さんが教えてくれたことはある。

 例えば「本がちょっと売れたくらいで生活を変えない」というのも見沢さんから反面教師的に学んだことだ。彼は出所後すぐに獄中手記がベストセラーになったのだが、20代前半で刑務所入りした見沢さんは社会経験がないに等しく、12年間の獄中生活で金銭感覚もおかしくなっていた(というか現金を使わない生活が12年間続いたわけである)。そんな人間に大金が転がり込んできたら。全部使うに決まってるのだ。

 結果、どうなるか。大金が入った翌年には膨大な税金を請求されるという事実を知らなかった見沢さんは大変な目に遭ったようである。

 晩年、見沢さんは体調不良から仕事もできず経済的にも厳しい状況だったのだが、誰か税金のことを教えてくれていたら……と思わずにはいられない。そうして私は、そんな見沢さんの「失敗」を間近に見ていたことによって、同じ轍を踏まずに済んだのだ。

 そう思うと、私は見沢さんという死者によって生かされているのだと思う。そしてそんな師匠のいなかった見沢さんは、どれほど大変だっただろうとも思う。作家の「先輩」のいない中、刑務所から野に放たれた見沢さん。JRの自動改札さえ初めて見るような状態だったのだから(刑務所に入った時は80年代)、生活するだけで精一杯だったろう。そこから急に作家デビューなんかして、どれほどの苦労と苦悩があっただろう。

 さて、見沢さんを見てきたからこそ、もうひとつ実践していることがある。それは仕事や肩書き抜きの居場所を作っておくということだ。

 例えば私はバンギャなので、バンギャ友人とは肩書きも何も関係なく、ひたすら「推し」の話で朝方まで盛り上がることができる。

 また、私は東京・高円寺の愉快な貧乏人コミュニティ「素人の乱」界隈の人と路上で飲酒する機会が多いのだが、ここに集うのは「月収5万円でむちゃくちゃ楽しく生きてる50代」とかばかりなので、彼ら彼女らと会うと「ちゃんと働いて稼いで納税しよう」とか、そういう気が一切なくなる。そうして「人生で一番大事なのは飲酒・交流・バカ話ではないか」と正気に戻ることができるのだ。

 ちなみにこの界隈の人は世界各国の貧乏人とワールドワイドに繋がっており、例えば10年くらい前、釜山に住む韓国の友人の家が突然爆発した際には「カンパ」のための飲み会が開かれた。「家爆発」だけでなく、「素人の乱」界隈では、なんだかんだと困ってる人のための「カンパ飲み会」がしょっちゅう開かれていて、当たり前に「助け合い」が根付いている。コロナ禍初期には中国・武漢の友人たちを支援する飲み会も開催されたし、最近は電気代が払えない友人のための「電気代集めBAR」も開催されている。もう国も行政も信用してないので貧乏人同士助け合おうという精神が当たり前に根付いており、それを実践しているのだ。

 私はこういう関係がとても重要だと思う。なので、今に至るまで民間の保険とかには入ったことがない。そういうものより普段からの顔見知りとの助け合いの方がいざという時に役に立つ気がするからだ。

 今、改めて、思う。

 見沢さんが生きてるうちにこういうことを知っていたら、できることがあったのかもしれないと。

「作家・見沢知廉」としてだけでなく、本名の「高橋哲央」として生きる場があれば、きっと今も生きてる気がして仕方ないのだ。そして小説なんか書けなくても、本名の高橋哲央が生きてるだけで嬉しい人たちはたくさんいたのだ。だけど見沢さんは「作家・見沢知廉」としてだけ生きることを望んでいた。そしていつも、自分の死は「野垂れ死に」だと言っていた。それこそが作家のあるべき姿だと。

 今年(2023年)で見沢さんが亡くなって18年。気がつけば、46歳という彼の亡くなった年齢を私は超えてしまった。

 この歳になると、自分が多くの死者に支えられていることをしみじみと感じる。

著者情報

作家、活動家

雨宮処凛

あまみや かりん

1975年、北海道生まれ。作家、活動家。反貧困ネットワーク世話人。バンギャル、右翼活動家を経て、2000年に自伝的エッセー『生き地獄天国』でデビュー。自身の経験から、若者の生きづらさについて著作を発表する傍ら、イラクや北朝鮮へ渡航を重ねる。その後、格差や貧困問題について取材、執筆、運動を続ける。『生きさせろ! 難民化する若者たち』でJCJ賞受賞。著書に『一億総貧困時代』『「女子」という呪い』など多数。

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