半世紀近く生きてきて、苦手なのは「スポーツ」ではなく「暴力」なのだと気づいた日
雨宮処凛(作家、活動家)
TBS系テレビの金曜ドラマ『不適切にもほどがある!』(主演・阿部サダヲ)が2024年3月、最終回を迎えた。
1975年生まれで来年50歳、脚本を書いたクドカン(宮藤官九郎)の5歳下である私にとって、ツボることばかりのドラマだった。というか、昭和って本当にひどい時代だということに、改めて驚愕した。
なにしろ、体育の授業でも部活でも水を飲むことは禁止。誰かのミスが全員の「連帯責任」とされ、その罰が今や膝などに悪いことで有名な「うさぎ跳び」。本当に何から何まで無法地帯だったわけだが、昭和の元暴力教師はあのドラマをどんな思いで観たのだろう?
そんな「昭和の苦痛」を引きずっている人たちは私の周りにも多くいる。
例えば給食で「完食」を命じられ(当時はアレルギーなどという発想すらなかったのだから恐ろしい)、嘔吐したトラウマから会食恐怖症になり、現在も誰かと食事するなどもってのほかという人もいるし、壮絶ないじめの記憶に苦しむ人もいる。
私自身のことで言うと、中学の部活での理不尽すぎる暴力によってスポーツ全般が大嫌いになった。バレーボール部にいたのだが、顧問教師は日々生徒たちに大声で暴言を浴びせ、ことあるごとに暴力を振るう。すぐに辞めればよかったものの、上級生に脅されるような形で入った部活。辞めたら報復されるのではと思い、また当時は「部活を途中で辞めると内申書に響く」という真偽不明の噂がまことしやかに囁かれていた時代。「高校入試」を人質に取られた状態では退部もできず、ずるずると続けるうちにバレーの下手な私は部員からいじめを受けるようになった。
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毎日死ぬことばかり考えた果てに退部したのだが、あの時のいじめによる対人恐怖は今も続いている。来年50歳になろうというのにだ。
そんな中でも大きな後遺症は、バレーだけでなくスポーツ全般が大嫌いになったこと。嫌いを通り越して、もはや恨んですらいる。テレビなんかでスポーツをやっていたらすぐに消すし、「趣味がスポーツ」とか「スポーツ観戦が好き」というだけで、その人のことを「信用できない」と思ってしまう。スポーツ好きというだけで、いじめや暴力、勝利至上主義を肯定する人に見えてしまっていたのだ。
それが部活による「後遺症」だと気付いたのはごく最近のこと。これまで、スポーツ嫌いは「隠キャゆえのもともとの性格」「自分の価値観」だと思い込んでいたのだが、ある本を読み、それが「植え付けられたものだったのでは」と思い至ったのだ。
その本とは、『監督が怒ってはいけない大会がやってきた』(監督が怒ってはいけない大会〈益子直美・北川美陽子・北川新二〉著 方丈社、2024年)。
バレーボール元日本代表の益子直美さんが一般社団法人「監督が怒ってはいけない大会」を主催していることをご存知の人は多いと思う。私も報道などで知り、常々いい取り組みだと思っていたのだが、特に深掘りすることはなかった。しかし、本が出たと知り、読まなくてはいけないような、自分のトラウマと向き合うべきな気がして手にとったわけである。
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読んでみて、驚いた。スター選手として活躍してきた益子さん自身が、中学・高校と厳しい指導を受けたことにより「バレーボールが大嫌い」だったこと。そして益子さんとともにこの大会を主催してきた元実業団チームの選手である北川美陽子さんも〈私はバレーボールが嫌いでした。今でも自分がプレーするのは嫌いです〉と書いている。その嫌い度はかなりのもので、引退後はテレビで試合を見ることも避け、バレーボールの経験者であることも周囲に隠していたほどなのだ。
そんな、バレーボールに散々傷つけられた大人たちが、これからは子どもたちが自分と同じ思いをしないようにと始まったのが「監督が怒ってはいけない大会」。その取り組み自体が、本人たちを深い部分で癒しているように思えた読後感だった。
そうして、気付いた。私の病的なまでのスポーツ嫌いって、完全に、部活で受けた暴力の後遺症だったんだ、と。
そう思うと、それによってどれほど人生を狭められてきたかと悔しくなった。まずは人間関係。体育会系というだけで遠ざけてきたけれど、その中には親友になれた人だっていたかもしれない。みんながみんな、「敵」なわけではなかったのだ。
一方、自分自身がスポーツするということも避けてきたわけだが、「運動不足」が身体に良くないのは誰だって知っている。そんな健康にも命にも関わる「運動」を、中学で植え付けられた恐怖によって遠ざけていたなんて。ちなみに私はこの10年ほどは少しは身体を動かす生活になっているのだが、それについては後述する。
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さて、そんなことに気づいて愕然とした直後にもう一冊、読んだ本がある。それはフリーランスの編集者・ライターの青山ゆみこさんの『元気じゃないけど、悪くない』(ミシマ社、2024年)。本の帯には、以下のような言葉が躍る。
〈50歳の急カーブ、愛猫との別れ、不安障害、めまい、酒や家族との関係… わけのわからない不調のどん底から、リハビリが始まった――。「わたしの心と身体」の変化をめぐる物語のようなノンフィクションであり、ケアの実践書〉
帯にある通り、50歳を前にした青山さんが「これまで」を見直し、いろんなものを手放しながら自分と折り合いをつけていく記録なのだが、私自身、来年50歳を迎えるということもあり、非常に興味深く読ませて頂いた。
そんな中で驚いたのは、心身の不調をめぐって出てくるキーワードが、私の興味関心とことごとくかぶっていたこと。
オープンダイアローグに始まり、映画『プリズン・サークル』(坂上香監督、東風配給、2019年)や漫画『精神科ナースになったわけ』(水谷緑著 イースト・プレス、2017年)、はたまた人物名として森川すいめいさん(精神科医、NPO法人TENOHASHI代表)、信田さよ子さん(臨床心理士)、東畑開人さん(臨床心理学者、臨床心理士)などが登場する。不調を抱えた時に頼ったり参考にしたい先が、ことごとく「わかる!」ということばかりで驚いた。
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さて、今出した固有名詞がすべてわかる人もいれば、なんのことだかさっぱりという人もいるだろう。ちなみに私の場合、10代の頃からメンタルの調子が悪く(きっかけはやはり部活の暴力といじめ)、20代なかばまでリストカットを繰り返し、自殺願望強めだったことからメンタル系の書籍を読み漁ってきた。その結果、「自分がヤバくなったらこうしよう/ここに頼ろう」という知識がついていったのだが、このような知識をみんながみんな持っているわけではないと気づいたのは30代後半の頃。
きっかけは、アラフォーにして初めてできた「陽キャ」友人との出会いだった。先に「この10年ほどは少しは身体を動かす生活になっている」と書いたが、これはそんな陽キャとの出会いによるものである。
ちなみにそれまでの私には、隠キャで文系の友人しかいなかった。よって、海や山やスポーツなどのアウトドアなど異次元のもの。趣味は読書と映画鑑賞みたいな友人たちとぼちぼち楽しくやっていたのだが、ひょんなことからできた陽キャ友人は私を異世界へと連れ出してくれた。
ちなみに陽キャは社交性が高いので、一人と出会うと芋づる式に陽キャ友人が増えていく。そのことにも面食らったのだが、なんと言っても驚いたのはみんなが「身体を動かしまくっている」ということだった。少しでも時間があればジムで汗を流し、当たり前のように海に行き、日の光をたっぷり浴びてマリンスポーツを楽しむ。身体にいいものとかも積極的に取り入れる。自分の健康や体型を保つことに、当たり前に時間とお金をかけているのである。
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そのことは、私には衝撃だった。まずは何しろ10代から隠キャ、バンギャ(ヴィジュアル系バンドが好きな女子の総称)として生きてきた身。バンギャにとって日焼けなどもってのほか。日の光を憎み、地下の暗いライブハウスで「死にたい」と言うことをライフワークにしてきたような女だ。自分を大切にするとか健康のために何かするとかそんな意識は毛頭なく、自分を粗末に扱うのがデフォルト。が、陽キャたちは当たり前に自分を大切にし、ケアに余念がないのである。なぜ、そんなに自己肯定感が高いのか。なぜ、自分にお金をかける価値があり、自分を大切にしようとナチュラルに思えるのか。そこから謎すぎたが、陽キャたちは、私が自分を「大切にしていない」ことに気づかせてくれた。