「炎上」と「戦争」の親和性 〜3年前の小山田炎上を振り返る
雨宮処凛(作家、活動家)
それだけではない。一度など、勝手に自宅の電話番号まで掲載されたこともあるのだからたまらない。「いつでも電話してね」ってな感じのキャプションとともにだったが、いや、どう考えてもおかしいだろそれ。
だけど私も、それに対して抗議したりなどしなかった。
なぜなら、「どうせ雑誌など消費物。1カ月以内に本屋の棚から消える」と思っていたからだ。だからこそ、わざわざ訂正など求めなかった。それで編集部と関係が悪くなるくらいなら、という思いもあった。「ライター/作家の○○さんはたいして売れてもいないくせにうるさい」というような噂をよく耳にしていたし、90年代や2000年代は自分を粗末に扱うのがカッコよくて、自分のイメージをやたら大切にするやつはダサいみたいな空気が今よりも100倍くらい濃厚だった気がする。
そうして一番大きいのは、小山田氏の記事が掲載された’90年代、こんなネット社会が到来するなんて、誰も予想していなかったということだ。1カ月で消えるものだった記事がその後も残り続けて、それが未来の自分を危機に陥れるなんて、誰一人、想像していなかったのである。
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小山田氏の炎上から3年経った今、改めて思うのは、人々が「一方向に向かうこと」の怖さだ。
「こいつは叩いていい奴だ」となった時、人間はこれほど残酷になるものなのか――。SNSでそんな光景を何度目撃してきただろう。
そしてこれを書いている今、ターゲットとなっているのは「フワちゃん」と「体臭発言」のアナウンサーだ(この連載が更新される頃には次のターゲットが吊るし上げにあっていてすっかり忘れられているかもしれないが)。
フワちゃんは芸能活動休止、アナウンサーは所属事務所の契約解除となったが、「こいつが悪」となった瞬間、一斉に一方向に暴走しだす人々の姿から頭に浮かぶのは、「戦争」という言葉だ。
そのことを裏付けるように、『小山田圭吾 炎上の「嘘」』には「戦争」という言葉が登場する。
それを口にしたのは、小山田氏が所属した五輪開会式のクリエイティブチームの一人。オリンピックの開会式を見ながら呟いたのだ。
〈本当の戦争って、こんな感じなのかも知れませんね。ひとり、またひとりと関わった人がいなくなってしまう。最後、残された人だけで空を見上げるんですね〉
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この本を読んだ直後、ある映画を観た。
26年前に起きた和歌山カレー事件についての映画『マミー』(二村真弘監督、東風配給、2024年)だ。
1998年、夏祭りで振る舞われたカレーに猛毒のヒ素が混入、67人がヒ素中毒となり、4人が死亡。近隣に住む林眞須美が逮捕され、2009年、彼女には死刑が確定したのだが、この数年、彼女に対して「冤罪では」という声が高まっていることをご存知の人は多いだろう。
映画はこの疑問を深掘りするドキュメンタリーなのだが、長男の記憶や目撃証言への反証、そして当時の科学鑑定へ異議を唱える専門家の声を紹介する内容となっており、観終えた人の多くが「冤罪では」と口にする。
私の胸にもその言葉が去来しているのだが、忘れられないのは、この映画を観る前、メディアの人々と交わした言葉だ。
「こういう映画が公開されるんだってよ」という雑談から始まったのだが、話した中には、新人時代にあの事件の報道に関わっていた、あるいは同僚がまさに取材していたという人もいた。そんな人々が当時を振り返りつつ語ったのは、事件当時の「空気」の異常さだ。
とにかく「あいつが犯人だ」という強固な決めつけ。時間が経てば経つほどそれは既成事実のようになり、誰も異論など挟めないような空気が熟成されていったというのだ。
そうして連日のように報道陣にホースで水をかける彼女の姿が報じられ、「保険金詐欺をしていた毒婦」のイメージは世論の形成や警察の捜査、そして司法にさえも重大な影響を与えた。その結果、彼女には死刑が確定した。
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「あいつが犯人だ」「あいつが悪だ」となると一方向に一斉に走りだし、メディアも司法もその暴走をさらに煽り、一人の人間が死刑台に立たされる――。
彼女が本当にシロなのか、それとも違うのか、私にはわからない。
しかし、あの映画を観た周りの何人かは「小山田圭吾の炎上を思い出した」とも語った。
唐突だが、もし、これから戦争が始まるとしたら、こんなふうに、SNSを使って誰か/何かが糾弾されるような形で、一見それとは関係ない様相で始まるのかもしれないと思う。「あいつは我々の敵だ」といった形でレッテルが貼られ、みんなが「正義感」で暴走する。ある知人は『小山田圭吾 炎上の「嘘」』を読み、「新しい戦前」という言葉を思い出したそうだ。
みんなが一方向に走り出した時、立ち止まるのは勇気がいる。異議を唱えるのは勇気がいる。
だけど、私は立ち止まる一人でありたい。そんな思いを、改めて強くしている。