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「心の病」を表す言葉がない世界 ~「ありがとう」「教わる」という言葉もなく、川や山に人格があり、氷河は音を聴けるという世界線

雨宮処凛(作家、活動家)

 また、「北極ヒステリー」という言葉もある。イヌイット語で「ピブロクトク」と呼ばれるこの状態になると、自分の衣服を引き裂き、他人といざこざを起こし、雪原に身を投げ出し、鳥や動物の鳴き真似をするそうだ。北極ヒステリーは「文化特異性障害」といわれ、原因として、「限られた資源をめぐる競争とその社会的な葛藤という社会病理的な仮説」「カルシウムの摂取不足と日照の欠乏によるビタミンDの低下によるものとする生化学的な仮説」「日周リズムの変化の身体や行動への変化という生理学的な仮説」などがあるらしい。

 が、奥野氏の見る限り、プナンは「心の病を抱えている人が存在しない社会」だという。

 なぜなのか。プナンとともに暮らした経験のある奥野氏は以下のように書く。

〈私自身の経験から言えば、プナンは、独りで思い悩んだり、あれこれ考えあぐねたりするようなことがありません。のべつ誰かが「私」の傍にいて、「私」のことを気にかけています。ヒゲイノシシが獲れたら、夜の三時であろうが四時であろうが叩き起こされ、食事をするように強いられます。自分のことについて思い悩む暇がないほど、個が集団に溶け込んでいるのです〉

 この「一人になれない」という問題、我が国では、それが忌み嫌われてきた歴史がある。濃厚すぎる村社会や家父長制の中で抑圧されて心を病む人もいれば、古くは「村八分」という形の排除があった。そうして個人主義がある程度市民権を得た今でも、この国の多くの人の悩みのタネは「人間関係」だ。

 が、プナンはそれだけ濃厚な人間関係の中にいながらも、心の病とは無縁なわけである。ここに何か、重要なヒントが隠れてる気がする。

 読み進めていて思ったのは、大自然の中で生きるプナンにとって、「人間」は特別な存在ではないのかもしれない、ということだ。

 例えばプナンは森の中で獲物となるテナガザルを見つけると、ある鳥がテナガザルを助けるために囀(さえず)ると考えているという。鳥は人間を見て、猿に危険を知らせると考えられているのだ。

 動物と人間は対等というか、このように、動物は考えたり精神を持つ存在だと捉える先住民は多いという。

 それだけではない。アメリカ北西部に住む先住民トリンギットは、氷河は音を聴くことができると考えているそうだ。よって、氷河の前では言葉に気をつけなければならないと言われている。

 一方、川や山に人格を認めてきた先住民も少なくない。よって開発の話が持ち上がると反対するのだが、反対デモに参加する理由が「山の怒りを鎮めるため」だったりするから、日本に住む私たちがデモに参加するのとは次元が違う。

 そうしてそれらの行動の結果、2017年にニュージーランド政府はワンガヌイ川に法人格を認め、インドでもガンジス川とヤムナ川の法人格が認められ、コロンビアでも山に対して人格を認める法律が制定されているというのだから、なんというか、ああ、私って小さな範囲の常識の中でそれが世界だと思って生きてたんだなぁ……と世界の広さにため息が出てくる。

 同時に、この国の「心の病」の原因のひとつもうっすらと浮かび上がる気がする。

 思えば私自身、山や川や野生の動物と触れ合う機会などまったくない。あったとしてもそれは旅先なんかでの話で、絶対にこちらを脅かさないコンテンツとしての自然だ。そうして普段は東京という、コンクリートに囲まれた人工的な場所に住んでいる。そういう場所では「人間」だけがコミュニケーションの対象となる。よって人間の存在が必要以上に大きくなり、だからこそ、「人間関係」の悩みばかりが深まってしまう。人間に評価され、認められなければにっちもさっちもいかないという、ものすごく不自然な場所にいる。

 だけど私たちは「人間関係」だけでなく、もっと「動物関係」や「自然関係」で悩んだっていいのだ。悩まずとも、そちらとコミュニケーションをもっと取るべきなのではないだろうか。

 そう思ってこの国を見渡してみれば、古来から各地に「自然の脅威」を鎮めるための祭りや儀式があったり、いろんな言い伝えがあったりする。昔の人は、もっと自然とガチでコミュニケーションしていたのだ。っていうか、ジブリ映画『千と千尋の神隠し』(宮崎駿監督・脚本、東宝配給)のハクは、「川の化身」という設定だったではないか。

 さて、プナンから話は大きく飛んだが、私の家の本棚には、そんな「まったく違う世界を生きる人々」の本がたくさんある。ヤノマミやイゾラドをはじめとして、世界の秘境で生きる人々の姿は、自分がいかにちっぽけで、極東の小さな島国でのローカルな価値観に縛られているかを教えてくれる。

 そういうことを知ると、鬱々とした気持ちはすっかり晴れていたりする。自分とはまったく違う価値観で生きる人々がいると知るだけで、解決する悩みって実はたくさんある気がするのだ。

 最近、半径5メートルがちょっと窮屈かもという人に、『ひっくり返す人類学』、オススメしたい。

著者情報

作家、活動家

雨宮処凛

あまみや かりん

1975年、北海道生まれ。作家、活動家。反貧困ネットワーク世話人。バンギャル、右翼活動家を経て、2000年に自伝的エッセー『生き地獄天国』でデビュー。自身の経験から、若者の生きづらさについて著作を発表する傍ら、イラクや北朝鮮へ渡航を重ねる。その後、格差や貧困問題について取材、執筆、運動を続ける。『生きさせろ! 難民化する若者たち』でJCJ賞受賞。著書に『一億総貧困時代』『「女子」という呪い』など多数。

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