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私の「毒親」体験記 友人母に捕獲・支配され、そこから解放されるまで

雨宮処凛(作家、活動家)

 それは毒子に懲りて逃げただろう人たちの悪口を吹聴すること。悪口だけならまだいい。付き合いの中で知り得た個人情報もたっぷり暴露しながら話すのである。「逃げたら自分もこれやられるんだろうな」と思うと、二の足を踏むほどには嫌なことだった。一定期間の付き合いがあれば、個人的なことは多く知られてしまう。毒子は、おそらくその人が「もっとも他人に知られたくないこと」を率先して暴露していた。身体のことや病気、経済状況などだ。すべての会う機会が「弱みを握る」ためだったのか、と思いたくなるほどに。

 そんな中にいて、私はどんどんおかしくなっていった。

 常に毒子への怒りを抱えながらも、次の瞬間にはハッとして「毒子さんを怒らせちゃいけない、機嫌よくいてもらわなくては」と祈るように思う。その上、気がつけば「毒子さんを幸せにしなくては」という義務感、責任感にまで取り憑かれていた。そうでなければ自分への支配が終わらないからだ。

 1人で家にいても「支配」は続いていた。例えば皿洗いをしていて皿を割ったりすると、反射的に「怒られる!」と身がすくむ。常に「毒子に叱られる」ことに怯えるようになっていた。

 しかし、離れようと思うたびに「毒子さんを見捨てるなんて自分はひどい人間なのでは」という思いに囚われる。いつからか、持つ必要などない罪悪感まで植え付けられていたのだ。

 そのうち、私はA子を恨むようになった。

 しょっちゅうトンデモない要求――こっちが締め切りでクソ忙しいのに「買い物に付き合え」とか「会わせたい人(毒子の知り合いの知らないジジイ)がいるから来い」とか――をしてくるような毒子を私に紹介したという事実をもって、A子がひどいと思ったのだ。

 実際、ターゲットが私に移ったことによって、A子は毒子の干渉から以前よりは解放されているようだった。

 もしかして、この人、ずーっとこうやって友だちに自分の代理をさせて生きてきたのでは?

 だとしたら私、思い切り生贄じゃん。

 今思っても、この頃の私は少しおかしかったと思う。

 日々かかってくる電話やメールに怯えるだけでなく、常に「いきなりどんなにひどいことを言われても傷つかないよう」、精神的に武装するようになっていた。あまりにも傷つけられすぎると、人に冷たく当たりそうになったり、自分がやられたのと同じ仕打ちをしそうになるということも初めて知った。理不尽な目に遭い続けていると、人間はどんどん歪んでいくものなのだと身をもって知った経験だった。

 それでは、どうやって解放されたのか。

 もう、この頃の記憶は曖昧なのだが――自己防衛反応として積極的に記憶を抹消しようとしたのだと思う――結局、耐えられなくなって毒子の誘いを極力断り、電話やメールもスルーしていたら別のターゲットが現れたらしく、親子からフェードアウトできた、というのがごくごく簡単にまとめた顛末である。

 この経験を通して、私は学んだ。

 世の中には、関わってはいけない人間がいるのだと。

 同時に、あれほど人を支配し、操り、思うように動かそうとしたのは、毒子自身にものすごい傷つきがあったからではないかとも思う。どこか根本的に自信がないからこそ、先回りして人を攻撃し、その反応で支配できる相手かどうか見極め、できそうと思った途端、距離をつめて相手の「人の良さ」などに付け入り、とことん言いなりにさせる。言いなりにならなくなったらブチギレ(本当に、赤の他人なのによくガチでキレられた)、それをもってコントロールしようとする。

 が、どれほど毒子に傷つき体験があったとしても、そんなこと、赤の他人の私には何の関係もない。子どもであるA子にだって当然、全く全然関係ない。

 私には毒親や支配しようとする人への知識が少しあったから距離を取れたものの、それでも途中までは「これで私がいなくなったらA子が大変な目に遭うのでは」という思いにがんじがらめになっていた。

 そうして今思うと、あの時期の私は常に緊張し、常に怒りでいっぱいだった。冷静に物事など考えられなかった。

 よくそんな中で何事もなかったような顔をして原稿書いたり人前に出てたなと、つくづく思う。

 そうしてあの経験を通して思うのは、「毒親持ち」とは、そういう状態が物心ついた頃から「常態」であるということだ。それはどれほどその人の人生に影響を及ぼすだろう。

 毒親に限らず、パートナーでも友人でも会社の上司や同僚でも、今、常に誰かの顔色をうかがってビクビクしながら生きているという人がいたら、私は声を大にして「今すぐに逃げろ」と言いたい。

 誰かに振り回されて時間を浪費していられるほど人生は長くないし、あなたをジャッジしたりあなたにダメ出しする権利など誰にもないのだ。

 同時に、そんな中にずっといて怒りを溜めこんでいれば、いずれは自分も「加害側」になってしまう可能性だってある。

「毒親」という言葉がメジャーになる中、当時の私のような誰かに伝えたくて、書いた。

 あの親子が今どうしているかは、わからない。

著者情報

作家、活動家

雨宮処凛

あまみや かりん

1975年、北海道生まれ。作家、活動家。反貧困ネットワーク世話人。バンギャル、右翼活動家を経て、2000年に自伝的エッセー『生き地獄天国』でデビュー。自身の経験から、若者の生きづらさについて著作を発表する傍ら、イラクや北朝鮮へ渡航を重ねる。その後、格差や貧困問題について取材、執筆、運動を続ける。『生きさせろ! 難民化する若者たち』でJCJ賞受賞。著書に『一億総貧困時代』『「女子」という呪い』など多数。

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