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連載

中年の危機と『貧困と脳』

雨宮処凛(作家、活動家)

 そのような脳機能の低下や、健常と言われるスペックよりも情報処理が損なわれることは、〈先天的な発達障害、僕同様に中途障害であるうつ病や統合失調症等の精神疾患や、認知症などでも同様なはずだ〉 と鈴木氏は書く。

 そうしてそんな「不自由な脳」で生きる結果として、人は高確率で貧困に陥るという現実に改めて気づくのだ。

 ちなみに当然ながら、貧困当事者が皆、脳の不自由を抱えているという話ではないので誤解なきよう。が、私も貧困問題に約20年関わる身。高次脳機能障害をはじめ、「脳の不自由」によって失業したり家族を失ったり人間関係を壊してしまったりで困窮に陥ったという人とは幾度か会ってきた。

 というか、自らそう説明できるケースは非常に稀で、今思い返すと、「あの人もそうだったのかもしれない」というケースが思い浮かぶ。

 支援者や役所の人に攻撃的で常に自分の立場を悪くしてしまったり、何度約束してもドタキャンが続いて支援者や行政から匙を投げられたり、路上生活をするほど困窮しているのに、ホストに貢ぐことをやめられなかったり、等々。明らかになんらかの配慮や支援が必要なのに、そのようなセーフティネットにひっかかれていなかった人たち。

 本書には、そんな「脳の不自由」を抱えた人たちが多く登場するのだが、読んでいてある人を思い出した。

 それはこの連載でも何度か取り上げてきた、私の師匠である見沢知廉氏。 1990年代後半から2000年代にかけて活躍した作家だ。1959年生まれで、10代の頃から左翼活動に参加するも、20代前半で右翼に転向し、新右翼の統一戦線義勇軍にてイギリス大使館火炎瓶ゲリラ事件やスパイ粛清事件を起こして12年の獄中生活を送る。獄中で執筆した小説が新日本文学賞の佳作となったことをきっかけに、出所後、作家デビュー。96年に出版された獄中手記の『囚人狂時代』(ザ・マサダ)はベストセラーとなり、97年に発表した『調律の帝国』(新潮社)は三島賞候補になるなど目覚ましい活躍をしていた。

 しかし、2005年、マンション8階から飛び降りて死亡。享年46。

 そんな見沢さんは死の数年前から連載の締め切りを破る、イベントなどをことごとくドタキャンする、個人的な約束を失念する、そのことを責められると逆ギレするなど、周りの人に不義理の限りを尽くすようになった。

 当然、晩年の彼からは多くの人が距離を置くようになり、私もかかってくる電話を取らないことが増えていった。話が支離滅裂だったり、突然攻撃的になったりするからだ。

 が、今思えば、当時の見沢さんも「不自由な脳」を抱えて困惑していたのではないか。

 実際、見沢さんはドタキャンしたり締め切りを守れなかったり何日間も起き上がれなかったりすることについて、医者から「脳疲労」と言われたと強調していた。これはそういう症状であって、甘えているわけではないのだ、と。

 しかし、当時の私も周りの人たちも、馴染みのない「脳疲労」という言葉を真剣に取り合わなかった。自分のだらしなさを「病気のせい」にしてごまかそうとしている、ドタキャンなどは売れっ子作家ゆえの「おごり」である一一私もみんなも、そんなふうに思っていた。

 しかし、『貧困と脳』を読んで、背筋がすっと寒くなった。「脳性疲労」について書かれていた部分が、見沢さんの症状とまったく同じだったからだ。

 あの頃の見沢さんは「甘えていた」わけではなくて、本当にギリギリの状態だったのだ。

 思えば、当時の見沢さんは「脳性疲労」の症状が現れて当然の状態だった。

 12年にわたる獄中生活と、そこで受けた虐待の数々によって蝕まれていた心身。シャバと隔絶された生活を送った果てに突然「売れっ子作家」となり多忙を極めた日々。文学賞への渇望とプレッシャー。拘禁症の後遺症とフラッシュバックなどなど。

 まずは出所後、少し休みながらリハビリすることが必要だったのに、いきなりフルスロットルしてしまったのだ。

 本書には、鈴木氏が経験した「脳性疲労」の症状が書かれている。

 猛烈に頭が重だるくなり、無理に頭を使い続けると読解、他者との対話など「脳を使うあらゆること」の崩壊が訪れる。文章を読むことができず、人の話も理解できない。自身の言葉を組み立てることも難しく、そうこうするうちに顔の筋肉がこわばり、手や膝に力が入らず震え、立っていればしゃがみ込みそうになる一一。

 この描写を読んで、晩年の見沢さんとのあまりの一致に愕然とした。思えば晩年の彼はほぼ寝たきりのような生活で、仕事もできずに生活も困窮していた。また、もともと家事能力もなかったので、おそらく食事もマトモに取れていなかったはずだ。一番最後に会った時の見沢さんは、頭蓋骨の形がわかるほどに痩せていた。生まれて初めて「死相」というものを目の当たりにした私は、「この人、もう長くないな」とひどく冷静に思っていた。

『貧困と脳』を読んで、私は約束を破ってばかりの見沢さんに冷たくあたったことを心から後悔した。そうか、そうだったのか、そうだよね、むちゃくちゃつらそうだったもんね。

 謝っても謝りたりないけれど、見沢さんが死んでもう20年も経つけれど、それでも今、「ごめんなさい」と頭を下げたい。

 そうして、改めて、思う。

 あなたや私の周りの「サボっている」「怠けている」ようにしか見えない人も、もしかしたら「不自由な脳」を抱えているのかもしれないと。決してそれは「自己責任」なんかではないのかもしれないと。

 多くの気づきを与えてくれた一冊に、感謝したい。

著者情報

作家、活動家

雨宮処凛

あまみや かりん

1975年、北海道生まれ。作家、活動家。反貧困ネットワーク世話人。バンギャル、右翼活動家を経て、2000年に自伝的エッセー『生き地獄天国』でデビュー。自身の経験から、若者の生きづらさについて著作を発表する傍ら、イラクや北朝鮮へ渡航を重ねる。その後、格差や貧困問題について取材、執筆、運動を続ける。『生きさせろ! 難民化する若者たち』でJCJ賞受賞。著書に『一億総貧困時代』『「女子」という呪い』など多数。

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