四半世紀、毎日飲酒しないと眠れなかった人間がそれを断ち切った顛末記
雨宮処凛(作家、活動家)
なぜそんなことが起きたのだろうと振り返って、あることに気づいた。
「生きてていいかも」と思えた頃、私の中で「悩みの優先順位」が入れ替わる出来事が起きていたのだ。
新たな悩みとしてトップに躍り出たのは、飼い猫のリリちゃんがソファやベッドでウンコすること。
それまでも何度かあったのだが、ここ最近、わざとのようにやるのである。原因ははっきりしている。去年、2匹目の猫・うりちゃんを迎えたのだが、最近うりちゃんが私にべったりなのが気に食わないのだ。私も気をつけてリリちゃん優先にするようにしているのだが、それでも面白くないのだろう。ソファやベッドに爆弾を投下するというテロ行為を繰り返すようになったのだ。
![]()
同時期、うりちゃんが「エアコンへの登頂」に成功。本棚などからエアコン上部に飛び乗ってはフィルターを執拗に舐めまわし(エアコンは新品なのでキレイです)、ビリビリに破るという、人間にとっては意味不明だが猫にとっては大層楽しそうな行為を繰り返すようになったのだった(エアコン上部が剥き出しのフィルターだと、私は生まれて初めて知った)。
その結果、家で仕事していても何をしていても、「リリちゃんがウンコしたそうにしていないか」「うりちゃんがエアコンに上らないか」ばかりに気を取られ、目を光らせるようになった。
それどころか寝ている時まで「猫トイレにリリちゃんのウンコがあって喜ぶ」という夢を見る始末。そうしてスマホを開けばSNSではなく「猫 ソファ ウンコ」「猫 エアコン 上る」ばかり検索し、100円ショップやホームセンターに通ってエアコンを防御する突っ張り棒を購入したり、電気屋で不審がられながらフィルターだけを何度も取り寄せ注文したり(もう何度も破られてる)、猫トイレをもうひとつ増やしたり、とにかく「猫との闘い」に明け暮れるようになったのである。
そんな間にもリリちゃんは「隙あり」とばかりに買ったばかりのソファで伸び伸びと排泄。うりちゃんはと言えば、100円ショップで自作した防御をあっさりと突破して「凍結洗浄 白くまくん」の上からドヤ顔でこちらを見下ろす。
「本当に、やめて!!!!」と叫んだり怒ったり諭したり嘆いたりしながら2匹の猫を追いかけ回していたら、これまで脳の大部分を占めていた「自分は生きていてはいけない」という思いは急激に薄れていて
「まったくうちの猫は!!」という嘆きが大部分を占めていたのだ。知らないうちに脳が書き換わっていた感覚で、それと同時に、あれほど頭の中に居着いていた恐怖は消えていた。びっくりするほど鮮やかに。
そうして私は、四半世紀続いていた習慣から解放された。結局、私はウンコに救われたのだ。
![]()
そろそろ、毎日の深酒をやめて2カ月。
よかったことは、身体が軽いこと。何もしてないのに痩せたこと。また、私は寝る前に脳に「次の日の原稿」を発注すると朝に脳内で完成しているという特技を持っているのだが――詳しいやり方は拙著『25年、フリーランスで食べてます』(河出書房新社、2025年)で――それがよりクリアになった。
そして何より、影のようにつきまとっていた罪悪感がないのがいい。
それでは今まで飲んでた時間、何をしているかというと、ノンアルコールのものを飲みつつ変わらず過ごしている。映画やドラマを見たりといったなんの変哲もない過ごし方だ。が、飲酒していた時と違って、その合間に猫とよく遊ぶようになった。
と、今のところいいことずくめなのだが、「毎日深酒がやめられない」という人に、無理に勧めることはしない。やめたくてもやめられない時が一番自分を否定してつらかったからだ。
さて、今もリリちゃんは時々ソファにウンコをする。
今朝も物音で起きると、リリちゃんが凛々しい顔でソファでなさっているところだった。それでも最近はビニールを敷いて防御しているので被害は軽い。
このように攻防は続き、猫トイレ以外の場所でウンコを見つけるたびにムカッとするが、「これに救われた」と思うと何も言えない。
ということで、まさかの猫のウンコに救われた話。思えば「生きてちゃいけない」という呪縛に勝てるのは、ウンコくらいしかないだろう。
人間、何が「恩人」になるのかわからないものである。