「ラテンギャング・ストーリー」7 世界一危険な町から来た少年
工藤律子(ジャーナリスト)
2011年以来、中米ホンジュラスは、国連薬物犯罪事務所(UNODC)により、人口10万人当たりの殺人事件発生率世界一という、不名誉で悲しい現実を突きつけられている。その背景を探るために、私はパートナーのカメラマンと共に2014年9月、この国の首都テグシガルパへ取材に行った。だが、実はホンジュラスの中でも最も殺人事件が多発する、文字通り「世界一危険な町」は別にある。グアテマラとの国境に近い町、サン・ペドロ・スーラだ。
サン・ペドロ・スーラでは現在、メキシコやコロンビアの麻薬カルテルと手を結んだ若者ギャング団が、強大な力を持つ。ホンジュラスに10万人以上いると言われるギャングの6割が、この町にいると推察されている。15年9月、私たちはそんな町から来た少年と、メキシコで出会った。
身長174センチ。がっちりとした体格で小麦色の肌をした少年は、左足を引きずりながら、松葉杖姿で現れた。彼の名は、アンドレス。18歳。今、メキシコのある施設にいる。そこには、家庭で虐待を受けたり、路上生活をしていたり、薬物依存から抜け出せなくなったりして、居場所を失った少年たちが20人ほど、施設職員と共に生活している。むろん、住人は基本的にメキシコ人の少年だ。しかし、中米から来た子も二人いる。その一人がアンドレスだ。
アンドレスと初めて顔を合わせたのは、3階建ての施設の一番上の階にある階段横の空き部屋だった。ソーシャルワーカーに案内されて、カメラマンと二人、そこでしばらく待っていると、松葉杖をついた少年が階段を上ってくる姿が窓から見えた。部屋に入ってきた彼に、「左足、どうしたの?」と尋ねると、照れ笑いを浮かべて、「サッカーをしていて折っちゃったんだ」と言う。そのせいで大好きなサッカーはできないし、仕事にも行けないのが悔しいと、ぼやいた。
思いのほかリラックスした雰囲気の少年にホッとしながら、私はソーシャルワーカーが見守るなか、彼へのインタビューを始めた。

アンドレスにインタビューをすることにしたのは、ここ数年、中米からメキシコへ大勢の子どもたちが不法入国してきており、時にこうした施設で保護されていると知ったからだ。私たちはこの国でもう25年以上の間、家庭を飛び出し路上生活をする「ストリートチルドレン」と呼ばれる子どもたちを追い続けており、彼らを保護するNGO(非政府系組織)を数多く知っている。そんな施設の友人たちから近年、中米の子どもを受け入れるケースが増えていると聞いていた。それは人道的支援としての特別措置だという。
12年ごろから急増しているアメリカへの未成年の不法入国者は、14年には年間6万人を超えた。その多くが、中米を支配する若者ギャング団による暴力や脅迫の被害者と見られ、そうした子どもたちの中には、アメリカ国境にたどり着く前に、手前のメキシコで路上暮らしになったり、移民局に保護されたりして、施設へ来る子どもがいるわけだ。
「私たちが持つ施設には今、外国から来た子どもが9人いるけれど、そのうち7人が中米から来た子どもだよ。『メキシコ移民支援委員会』からの要請で受け入れているんだ。すぐにもといた場所へ送り返すと何かしらの危険があると判断された子どもたちで、1、2年はここで生活しながら、心理カウンセリングを受け、年齢や状況に合わせて学校へ通ったり、職業訓練を受けたり、働いたりする。その間に正式な難民認定を受けた子どもは、希望すればずっとメキシコに住むことができるので自立を目指すし、認定されなかった子は1年経ったところで、母国かほかの国の親戚の家へ行くなど、別の選択肢を探すんだ」
アンドレスを預かっているNGOの友人は、子どもたちの状況をそう説明する。私たちは昨年(14年)もこうしたNGOの施設で、ギャングに脅されて国を出てきた中米の少年と少女に話を聞いたが、彼らはすでに施設を離れ、そこで身につけた美容師や仕立屋の技術を使って働きながら,自立生活を送っている。
それにしても皮肉なのは、ギャングによる暴力を逃れるために、必死の思いで母国を飛び出してきた子どもたちがたどり着いた先、メキシコ自体が、母国に負けず劣らず危険で、先述の「殺人事件発生率」ランキング上位に入る町をいくつも抱える国だということだ。決死の旅の果てに彼らを待ち受けていたのは、麻薬の密売をはじめ、人身売買、武器の密輸など、20種以上のビジネスをグローバルに展開する麻薬カルテルが支配する国だった。それでも子どもたちにとっては、自分をつけねらう地元のギャングから遠く離れた場所である分、ずっと安心なのだろう。