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連載

変革への闘い

「ラテンギャング・ストーリー」8 決死の逃避行

工藤律子(ジャーナリスト)

 現在18歳のアンドレスは、15歳の頃、V.Lのギャングとばかりつるんでいたために、祖父母の家を追い出された。それからはV.L.のメンバー15人と共に生活した。そしてV.L.の縄張りにある食堂や商店相手にみかじめ料を取り立てる仕事を続けるうちに、「マラス」の真の恐ろしさに気づき始める。
「メキシコやコロンビアの麻薬カルテルと取引をしているだけでなく、自分たちの邪魔になる相手を、暗殺してまわるんだ。典型的なパターンは、男女2人乗りのバイクで敵に近づき、すれ違いざまに後ろに乗っている女性が敵を撃ち殺す。そんな事件が頻発したから、警察はバイクの2人乗り自体を禁止したくらいさ」
 私の顔を見て、「信じられる?」と言いたげな表情を見せる。自身はまだ武器を手にする立場にまで上り詰めていなかったアンドレスだが、彼の周囲の人間たちはすでに殺人に手を染めており、同じ所に住んでいると、凄惨(せいさん)な場面にも立ち会うことになった。
「ある時、仲間がアジトで敵の男性3人と女性1人を殺した。そして遺体の腕や足を切り落としていったんだ……」
 想像するだけでぞっとする光景。だが少年は、ただ黙って見ていた。
「マラスでは、それが当たり前のことだった。警察だって、止められない。それどころか、警察にもマラスのメンバーが潜入しているくらいさ」
 アンドレスによると、マラスでは大抵18歳になったメンバーの中から、警察もしくは軍に入る人材を募るらしい。つまり彼らの暴力と犯罪を取り締まる側の警察や軍の内部にも、マラスメンバーがいるということだ。
「スラムのサッカー場で一度、“ディエシオチョ”(スペイン語で18の意味。通常、略して“18”と表記される)のメンバーが20人ほど殺される事件が起きたんだけど、犯人は警官のかっこうをしていたそうだよ。その警官はきっと敵のマラスメンバーだったんだ」
 その殺人は、18の敵である「マラ・サルバトゥルーチャ(MS)」の仕業というわけだ。

 見張り役やみかじめ料の取り立て役をやっているだけならいいが、このままギャング団に居続ければ、近々、自分も人を殺さなければならなくなる。自分は本当にそこまでやる気があるのか? アンドレスの脳裏には、しだいに大きな疑問が浮かぶようになる。そして16歳のある日、その疑問に自ら答えを出さざるを得ない状況が、訪れた。
「兄貴分に“おまえも今週1人殺して来い”と言われ、銃を渡されたんだ」
 少年の顔が一瞬、それまでの明るさを失った。それは来るべくして来た瞬間だった。
 V.L.では、見習いの下っ端から正式なメンバーに昇格するための儀式として、敵もしくは自分の家族や知人の誰かを1人殺さなければならないのだ。以前は、仲間に十数秒間の暴行を加えられ、それを耐え抜いた者が正式メンバーと認められる、というのがマラスの一般的なしきたりだった。ところが今は、自分が殴る蹴るに耐えるのではなく、誰かを殺して「勇敢さを示す」ことでしか、受け入れられないという。それだけギャング世界の状況はタフになってきている。
 もう半年ほどすれば17歳になるアンドレスにとって、まさに決断の時だった。幼さゆえに敵のギャングに殺された父親の仇を取ると意気込み、強いギャンクに憧れた時期もあったが、内側からその本当の恐ろしさを知った今は、そんなたわごとは言っていられない。
「人なんか殺せない。ギャングの中にいるのはもう嫌だ。そう思った」
と、アンドレス。しかし、その言葉を仲間にそのまま告げれば、自分が殺されることになる。一度マラスに関わった者は、マラスも救いを求める「神」に奉仕する仕事に就くなど、特別な理由がない限り、組織を離れることは許されない。もし抜けたら、「秘密を知る裏切り者」として仲間に殺されるか、「もう守ってくれる仲間のいない元敵のギャング」として、ほかのマラスに殺されるかの、どちらかだ。
 追い込まれた少年は、途方に暮れながら、仲間の元を離れて祖母に会いに行った。幼い頃かわいがってくれた祖母なら何とかしてくれるかもしれない。そう思いたかった。ほかに頼る相手のいない少年にとって祖父母の家だけが、唯一残された居場所だった。
 祖父母の家にたどり着いたアンドレスは、何とか殺されずにV.L.を抜ける方法を考えようとする。と、その時、文字通り「奇跡」のような出来事が起きる。
「ふだんから僕と瓜二つだと言われていた少年が、僕の家の前で撃たれて死んだんだ」
 その少年は別のマラスのメンバーで、V.L.の縄張りに入ったために撃ち殺された。ところが事件は意外な展開を見せる。
「祖父母は銃声を聞いてすぐに、家の奥に隠れていた。僕は窓から外の様子をうかがっていて、殺された少年の姿を見た。と、近所の人たちが突然、“あれはチェレだ”と叫び始めたんだ」
 “チェレ”は、アンドレスのニックネームだった。
「その声に、なぜだか涙が溢れ出た。自分が死んだような気持ちになったんだ。でも次の瞬間、もしかしたらこれが、降って湧いたチャンスかもしれないと思った。もしみんなが僕が死んだんだと思っているのなら、今ここから姿を消せば、仲間に見つからずに国を脱出して、V.L.から抜け出せるかもしれない」
 信じられないほどのスピートで、彼は国外脱出を決断する、そして実行に踏み切った。
 まず、事件現場に駆けつけた警察と人だかりで騒然としている表通りを避け、家の裏から親しい隣人の家へ行き、仲間に与えられた銃を買い取って欲しいと頼んだ。すると隣人は、その申し出を快く受け入れ、銃と引き換えに2500レンピラ(約1万3000円)手渡してくれた。そのあと家に戻った少年は、あり金をかき集めて、合計7000レンピラ(約3万5000円)を手に、家を飛び出す。むろん、家族には何も告げずに。
「夜中の3時過ぎだった。静まり返った通りを市場へと向かった。そこには父さんの友人で、早朝からトラックで市場へ食料品を運ぶ仕事をしている人がいたからだ。彼を探して、助けてくれるよう頼んだ」
 トラック運転手は、アンドレスの必死な様子を見て状況を察したらしく、黙って「車に乗れ」と言った。そして少年に、「警察に止められて何か尋ねられても、何も言うな」と告げ、マンゴーを一つ手渡した。それからバスターミナルまで連れて行って、降ろした。そこからは、隣国グアテマラとの国境へ行くバスが出ている。
「僕はとにかく国境を越えるため、バスに乗り込んだ」
 早朝5時。つい先ほどまで死の恐怖に怯えていた少年はもう、冒険の旅人となっていた。

 サン・ペドロ・スーラから国境までは、山岳地帯を大きく迂回し、東からカリブ海の海岸線へと出て、海沿いの道を国境の町、コリントへと走る。およそ1時間半ほどの道のりだ。コリントには出入国管理局があるが、のどかな所で、ちょっと脇道へずれて歩くだけで、パスポートも何も持たなくても簡単に国境を越えられる。
「全然問題なかったよ」
 楽々グアテマラ入りを果したアンドレスは、国境近くにある両替商で持っていたお金をレンピラから地元の通貨ケツァルへ両替し、マイクロバスに乗り込んで、40分ほど先にある町、プエルト・バリオスへ向かった。そこで首都グアテマラ市行きのバスに乗るためだ。
「プエルト・バリオスのバスターミナルへ行く途中で警察に止められて、送還されそうになった。でも、200ケツァル(約2600円)あげるから見逃して、と言ったら、あっさりOKが出たんだ。あれなら50ケツァルでも良かったかもしれないなぁ」
 冗談半分にそう言うと、話を続ける。どうやらこの少年、意外と冒険心が強いようだ。
 無事にバスターミナルに着くと、さっそくグアテマラ市行きの長距離バスに乗り込んだ。西南西へ約5時間。ほぼ真っ直ぐな道をひた走る。日本の高速バスなら5時間の旅はさほどキツくないが、中米で運賃の安い長距離バスに乗ると、日本人ならヘトヘトになるくらい乗り心地が悪い。ときには町まで売りに行くニワトリを抱えて乗ってくる客までおり、バスの中は人間と荷物と動物のごちゃ混ぜ詰め込み状態になる。が、ふだんから厳しい生活環境に育っている人たちにとっては、大した問題ではないようだ。
 午後、ようやくグアテマラ市のバスターミナルに降り立ったアンドレスは、国外脱出を決意し家を飛び出してから続いた緊張感が少し和らいだのか、とにかくいったん休もうと、すぐに宿を探すことにした。初めて来た町で、ターミナルにいた男に「安いホテルを知りませんか?」と尋ねると、「連れて行ってやるよ」という快い返事。そこで男に付いて行くと、人影の少ない通りに来た途端、銃を突きつけられた。
「強盗だったんだよ!」
と、肩をすくめる少年。結局その男に、600ケツァル(約8000円)奪われてしまった。
「だから、今度は自分で安く寝られる場所を探したよ」
 それにしても、4万円近い現金を持って家を出た彼の懐には、これまでに使った分を差し引いても、まだ3万円以上の現金が残っていたはずだ。なぜ8000円程度しかとられなかったのだろう。私が不思議がると、彼は少し自慢げに、こう説明した。
「お金は少しずつ分けて、靴の中とかジーンズのウエスト部分を折り返した隙間とか、いろいろな場所に隠して持ち歩いていたから、全部とられることはなかったんだ」
 いつ何が起こるかわからない危険な環境で生まれ育った人間の知恵なのだろう。危機管理はお手のものといったところだ。
 とはいえ、さすがに息抜きを必要としていた少年は、グアテマラ市の安宿に2泊してから、再び長距離バスに乗り込み、メキシコ国境を目指した。国境の町、テクン・ウマンまでは、バスで西へ5時間弱。そこには「カサ・デ・ミグランテス(移民の家)」という施設があり、中米の国々からアメリカを目指して旅する人々の多くが、数日間滞在している。アンドレスもメキシコ国境を越える前に、そこに3日間世話になることにした。
 テクン・ウマンにある「移民の家」は、カトリックの修道会がグアテマラとメキシコで運営している移民支援施設の一つで、食事や宿泊場所、簡単な医療や法的アドバイスなどを提供している。過酷な旅に挑む人々を精神的に支え、旅先で出くわすであろう問題への対処方法を教える。この施設についてはインターネットに情報が出ているので、移民たちは皆、事前にそれをチェックし、旅の途中で利用する。

 移民のためのこうした施設は、運営者の異なる大小様々なものが、各地に存在する。その大半は、アメリカを目指してメキシコ国内を移動する中米からの移民とメキシコ人移民のためにつくられたもので、人道的配慮の意味合いが強い。移民たちはアンドレスのように、そこで疲れを癒やし、旅を続ける英気を養う。また、メキシコ国内のどこにどんな支援施設があるか、どこで移民局の検問があるかといった情報も得る。それらを念頭に、メキシコ縦断4000キロ以上の道のりを進むのだ。
「テクン・ウマンで休んだ後、いよいよ国境の川を渡ったんだ」
 グアテマラとメキシコの国境南部には、スチアテ川が流れている。不法移民は、出入国管理局がある道を避け、この川を渡る。川には大型車両のタイヤチューブと板でつくられたいかだのような渡しがある。多少お金がかかるが、歩いて渡るよりも安全だ。だからアンドレスも、この渡しを利用して、メキシコ側へたどり着いた。
「メキシコに入ったら、両替をして、とにかく目の前の道を歩き始めた。国境の町シウダ・イダルゴでは突然、警官が現れ、“移民野郎!”と怒鳴られ殴られた。そのうえ、持っていたお金までとられてしまった。幸い、ウエストの折り返しに隠していたお札には気づかれなかったけどね」
 そう言いながら、ニヤリとするアンドレス。そして、
「とにかくメキシコに入ってからが、タフだった」
と、付け加える。
 それにしても、警官が子どもに暴力を振るった揚げ句に所持金を巻き上げるとは! メキシコでは地元警官の下っ端が、上司の機嫌をとるためにストリートチルドレンやホームレスから金を奪って貢ぐのは、日常茶飯事のことだが、そもそも不法移民を取り調べるのが仕事のはずの彼らが、移民からお金を盗んでさようなら、とはいかがなものか。
「でも僕は運が良かった。警官が行ってしまった後、その出来事を見ていたおばさんが自分の家に連れて行ってくれて、食事を出してくれたんだ。そこで僕は思い切っておばさんに、家に泊めてもらえないかと頼んでみた。すると彼女は承知してくれて、お世話になることになった」
 女性は食べ物を売る屋台を出しており、アンドレスはそこで皿洗いを手伝ったりして、1日を過ごした。彼女には息子が2人おり、夜はその少年たちとサッカーをして楽しんだ。親切な母子に救われ、移民少年はすっかり安心していたが、ずっと世話になることはできないということも、わかっていた。
 数日後、女性はアンドレスにこう切り出した。
 あなたをずっと助けてあげられるといいのだが、それは難しい。それにここは国境の町だから、このまま居続ければ移民局に見つかり、強制送還されるのも時間の問題だ。だから、なるべく早く国境から離れたほうがいい。
「そうして彼女は、僕に300ペソ(約2300円)くれたんだ」
 サン・ペドロ・スーラを出て約1週間、ギャング少年はもう仲間と麻薬をやって浮かれることもなく、ひたすら遠くへ、ギャング仲間から離れることだけを考え、旅してきた。途中、不運もあったが、他人の親切にも救われた。そして彼は、更なる冒険へと突き進んで行く。

著者情報

ジャーナリスト

工藤律子

くどう りつこ

1963年大阪府生まれ。東京外国語大学地域研究研究科修士課程在籍中より、メキシコの貧困層の生活改善運動を研究するかたわら、フリーのジャーナリストとして取材活動を始める。著書に『仲間と誇りと夢と』(JULA出版局)、『ストリートチルドレン』(岩波ジュニア新書)、『マラス 暴力に支配される少年たち』(集英社、開高健ノンフィクション賞受賞)、『マフィア国家 メキシコ麻薬戦争を生き抜く人々』(岩波書店)、『ルポ 雇用なしで生きる スペイン発「もうひとつの生き方」への挑戦』(岩波書店)、『働くことの小さな革命 ルポ 日本の「社会的連帯経済」』(集英社新書)などがある。NGO「ストリートチルドレンを考える会」共同代表。

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