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連載

貧困を背負って生きる子どもたちに寄り添う(1)

"ここがおかしい"

仁藤夢乃(社会活動家)

 私が中高生の時に感じていたことや、今、出会い関わっている中高生の体験とリンクする部分がたくさんあり、映像を見ていると、自分のことのように胸が苦しい気持ちになる。そして自分は今、大人として中高生に寄り添えているだろうかと、自分の行動を問われているような気にもなる。
 上映が始まってすぐ、同席した高校生の一人が「ちょっと頭痛くなってきたから外に出てる」と私に声をかけて会場を出て行った。「仁の物語」には、彼女の体験とも重なるところがあり、つらくなったのだと思う。他にも、机につっぷして寝たふりをする人もいた。普段の生活では、逃げることを許されない状況にある人もいるけれど、彼女たちがその場を離れようとしたり、見ぬふりをしたりすることも、自分を守るために必要な力であると思う。
 2話目の「智の物語」を見終えてから、また別の高校生が「気持ち悪くなってきた」と言ってきた。前に会場を出て行った人のことも気になっていたので、ジュースでも買おうかと一緒に外に出た。彼女は「智の物語」と重なる経験をしていた。ジュースを飲みながら、「あんな先生いないよなって思った」と彼女。動画には、向き合ってくれる教師との出会いを通して、智が変わっていく様子が描かれていたが、自分は学校ではそんな先生に出会えていないのだという。
「家の外でいえば、先生が一番身近な大人じゃん。でも、うちには学校とか家にはそんな大人はいないけど、映像見て、自分もColaboに出会って変わったなって思った。何もかも嫌だったけど、やるべきことを考えるようになったり、やってみようかなと思えるようになった。家族から頑張れと言われるとプレッシャー感じるし、しんどくなるけど、この人なら頼れるなと思える人がいたり、優しいことを言うだけじゃなくて、無責任に言葉をかけるだけじゃなくて、ちゃんと叱ってくれたり、『そういうことしないほうがいいよ』とか言ってくれる大人とか友だちもいるから。ちゃんと自分のこと考えて言ってくれる、一緒に考えてくれるみたいな。今は身近な人が家と学校以外にもいるから」
 彼女はそう言うと、「次の動画始まったかな。見たいから中、行こう」と立ち上がった。私はほとんど何も話さず、ただ聞いていただけだった。会場に入ると、頭が痛いと出て行った高校生(外を少し探したけど見つからなかった)も戻って来て、絵を描いていた。
 3話では、仁と智の母親の背景についても描かれていた。「みんなで食べるご飯っておいしいね」というセリフが出た時、「これ、うちがよくColaboで言ってることじゃん。同じだね」と、高校生が笑った。
 私は中高時代の自分の体験を「ケータイ小説みたい」と言われることがよくあったが、もしかしたらこの動画も「ドラマみたい」と思う人がいるかもしれない。しかし、この動画をリアルだと感じたり、そこで描かれているような今を生きていたりする子どもが、たくさんいることを知ってほしい。
 生活に困っていたり、虐待されたりしているからといって、外で何年も暮らしてきたかのような身なりをしているわけではない。よく見ると服や靴が汚れていたり、着古しているということはあるが、特に私が関わる中高生世代の子どもたちは、何か問題があると見られないように、「普通」に見えるように、「普通」に溶け込んで生活している。気づこうとしなければ、気づけないということがある。
 私も高校時代、家庭の大変な状況やトラブルについては外で話したくなかった。親に傷つけられていても、他人には親を悪く言いたくない、悪く思われたくないという思いもあったのだ。

貧困を背負って生きる子どもたちに寄り添う(2)へ続く。

著者情報

社会活動家

仁藤夢乃

にとう ゆめの

1989年生まれ。中高時代に街をさまよう生活を送った経験から、10代女性を支える活動を行っている。これまでに夜の街でのアウトリーチ、シェルターでの保護や宿泊支援、シェアハウスでの住まいの提供といった活動を展開。第30期東京都「青少年問題協議会」委員。厚生労働省「困難な問題を抱える女性への支援のあり方に関する検討会」構成員を務めた。TBS「サンデーモーニング」にコメンテーターとして出演中。著書に『難民高校生』(英治出版)、『女子高生の裏社会』(光文社新書)。

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