困難を抱えた人が「自立する」ということ 〜映画『インディペンデントリビング』田中悠輝監督と考える
仁藤 安心できるサービスを提供することと、更に人としての関わりも大切にっていうことの両立が、自然とできる介助者や支援者は少ないような気がする。例えば〈トリス〉さんっていう若い利用者さんに、障害当事者の先輩である〈チョッキ〉さんは「これから人と関わることになるから、ヤなこともあると思うよ」って、でも「なんかあったら抱え込まないで言ってね」ってアドバイスするじゃないですか。〈えみちゃん〉のシーンでも、お母さんに対してだったかな、「失敗も成功も支えていきますから」みたいな。その一言がもたらす安心感。私は活動の中で連携する行政や公的機関の人からは、そういう言葉って一度も聞いたことがない。反対に「そこでうまくいかなかったら次はない」なんて脅されたりとかはあるけど。
田中 そういうのは嫌ですよね。現代社会には「失敗したら最後」みたいな考えが多くって。人間、失敗してこないと何も学べない。センターの人たちはよく「失敗する権利」って言うんですけど、施設や親元にいた障害者たちの多くは失敗を経験させてもらうことさえなく過ごしてきたので、失敗をすごく大事にしているところがあります。先ほど映画制作のきっかけのところでお話しした夢宙センターの平下代表――彼も障害当事者なんですが、かつて他の障害者を差別した経験を持っていて、そんな自分を悔い改めて生き直そうとしていました。
仁藤 自分の加害者性に向き合えるってことは大事だし、私も「できるだけそういう人でありたいな」と思ってます。でも運動とかに関わっていたり、社会貢献とかNPOとかに関わっていたりする人ほど、意外とそうした自覚が欠けてきちゃうこともあるなって。「自分はいいことしてる」みたいに思ったり、「自分が差別するわけない」って思ったりとか。そういう人とのやりとりをするのは結構消耗する(笑)。でもやっぱり大事なのは、そんな人にいかに理解させるか以上に、当事者たちが連帯してできた輪をどうやって広げていくかってことなのかなって、今すごく考えながらやっています。
田中 「連帯」って、ちょっとフィールドが違う人同士の方がしやすいのかもしれませんよね。大きな円を描いて、周辺の人たちを取り込んでいこうっていうのは運動の戦略としても正しい。アメリカでは障害者だけでなく、性的マイノリティーや移民への支援を行っている自立生活センターもあります。日本もまだまだ多くの課題を残しながらではありますが、少しずつ制度が充実してきているので、自立生活センターでできることはもっとあるはずだし、「今後一緒にやっていけたらいいね」みたいなことを映画制作を応援してくれたセンターの方々と少しずつ話をしています。そうした可能性がある現場だと思えばこそ、入り口になるような映画を目指したんです。

映画『インディペンデントリビング』より。©️ぶんぶんフィルムズ
映画制作を通して見えてきたこと
田中 ところでこの映画の登場人物は男性が多いので、普段、女の子を相手に活動する機会が多い仁藤さんはどう見てくれるのかなって思っていたんです。そのあたりはいかがでしたか?
仁藤 単純な印象として、「男の人が多く登場する映画だな」と思いました。どうして女性が少ないのか、そのことは監督にぜひ聞いてみたいと思っていたんです。そもそも自立生活センターの利用者に女性が少ないのですか?
田中 少ないですね。女性の障害者は定着しにくかったり、介助する女性ヘルパーが長続きしにくかったり、という状況が実際にあります。自立生活を目指す障害者は世の中の他の人たちと平等でありたい、他の人たちに与えられている当然の権利を自分たちも欲しいと思って一般社会とのすり合わせを試みる。でもその先にある一般社会って、男性中心社会なんですね。だから女性障害者は、障害者であり女性であるという、二重の生きづらさを抱えることになる。その結果、定着が難しいというのはあるのかなと。女性ヘルパーについても、労働全体としてそうですが、結婚や出産といったライフイベントにどこまで対応できるのかって問題がありますよね。この映画では映っていない部分なのですが、映っていないからこそ、そんな支援現場の課題みたいなものは感じられるかもしれないなと思います。
仁藤 現場がそういう状況だっていうことですよね。
田中 はい、もうこの問題については、観客のみなさんに突っ込んでいただいて然るべきというか……。僕自身も課題だなと思いながら撮っていたところはあるので、批判をいただきながら上映活動の中で話をしていこうと考えているところです。
仁藤 私には介助者さんたちの自由な生き方とか仕事への向き合い方、利用者さんへの関わり方みたいなところが、すごくいいなというふうに思えたんです。でも、昼間はバンド活動をやりながら、夜勤の仕事をするって、男性だからできる、家族やパートナーにも理解されるところもあるのかなって感じがしました。
田中 なるほど。確かに夜間の介助とかになってくると女性だとやっぱり危険ですしね。しかも自立生活センターでは同性介助が基本なんですが、最近はトランスジェンダーの利用者、介助者も当然ながら出てきています。今後、制度設計自体を変えていかなきゃいけないかなっていうのは、すごい感じているんですよね。
仁藤 そこは私たちも「10代女子」「10代女性」という言葉を使い、女の子たちによる女の子向けの活動ということを打ち出しているので、性的マイノリティーの方にとっては入りづらさはあるだろうと思います。
田中 めっちゃ難しいですね。現場によっては今後も様々な問題が出てくるんじゃないかな。そんな大変な状況ですけどヘルパーたち……とりわけ今回撮影した介助者さんたちは、本当に付き合い方がとてもうまいなと感じたんです。特に相手を理解することを諦めないという点。障害種別によっては、意思疎通が難しい人もいます。発語が難しかったり、重度の知的障害があったりってこともあるけど、そうしたことを超えて分かろうとする。「目の奥を見る」っていう言葉が、この映画の中には出てきますが、仕事の制約の中で普通なら「ここまでかな」って思っちゃうところも諦めず時間を掛ける。その誠実な営みが、僕自身もすごく勉強になりました。

仁藤 Colaboで一緒に活動している20歳になったばかりのメンバーは、この映画を観て「一人ひとりが普通に生活して、やりたいことをやってるのがいいなって思った。社会にある障害に対して声を上げて一緒に行動する時と、その人が自由に生活する、一人で動く時があって、楽しそうだった! ルールもおせっかいがなくていい。Colaboみたい」と感想をくれました。彼女は乳児院と児童養護施設で育って、18歳になって養護施設を出て別の施設に移ったものの「心を開かないならここはあなたの居場所じゃない」などと言われて出ていくことになった経験があります。家族に障害を持つ人もいて、彼女も施設をいろいろ経験しているので共感するところが多かったようです。「Colaboみたい」と言ってもらえて、うれしかったです。
田中 そうなんですね。
仁藤 それから別の10代のメンバーは、「それぞれ色んな事情がある中で、周りの人と関わりながら、自分らしく生きているのが良かった。私もちゃんと自立していこーと思った。自立って、ちゃんと人に相談もしながら生きるっていう意味で。みんながみんな、助け合ってる。私も精神障害を持っていて、仲間とかに助けられて今日常を送れてる。時にはうまくいかないこともあるし、苦しむこともあるけど、私らしさを大事にしてくれた人たちのおかげで生きてるなあって思う。映画に出てくるセンターと、Colaboは、やりたいことに対して背中を押してくれるところとか、自立するためにどうしたらいいかを一緒に考えていくスタイルや、アットホームなところ、社会で生活するために必要なことを一緒に経験してくれるところも似てると思った」と言っていました。
田中 Colaboと夢宙センターって本当に似ているんですね。夢宙センターのみんなにも会ってほしいなあ。ぜひ大阪へ行ってもらえる機会を考えます。自立生活って今は主に障害者支援の界隈で使われる言葉なんですが、世界初の障害者情報誌『リハビリテーションギャゼット』には〈自立(生活)とは、どこに住むか、いかに住むか、どうやって自分の生活をまかなうか、を選択する自由をいう〉って書いてある。でもそれって障害者だけじゃなくて、生きづらさを抱えている全ての人にあてはまることじゃないかと。そう考えると、自立生活センターは障害の有無を問わず、皆がそうしたことを目指せる拠点になっていくって僕は思っています。
