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女児虐待死事件から感じた危険な空気(2)短絡的な親批判では何も解決しない!

"ここがおかしい"

仁藤夢乃(社会活動家)

 これまで虐待問題に関わってこなかった人たちが声を上げ、多くの人に届くことは大切だが、だからこそどんな表現をするかには気を遣い、問題の本質を見失わないよう学んでほしい。この事件を通して感情的になった人々が振りかざす正義によって子どもを虐待する親が責められ、家庭の問題、個人的な問題とされ、自己責任論が助長されないように気を付けたい。これを契機として虐待問題にどう対策していくか、当事者も含めて議論していけたらいいと思うが、正直、今は当事者を追い詰めるような雰囲気になっていると感じる。

 虐待は、「一部の悪人」によって行われるのではない。特別問題を抱えている家庭でのみ起きるのではない。イライラして子どもを怒鳴ったり、言い過ぎてしまったり、叩いてしまったりしたことのある人は多いのではないだろうか。虐待は、私たちの生活と地続きにあるもの、すぐそこにあるものだ。自分もちょっとしたきっかけで加害者になるかもしれない。だからこそ、親も子も孤立せず、疲れた時には弱音を吐いたり、助けを求めたりできる環境が必要だ。それは、制度の中だけで実現することではない。虐待をしそうな、または現にしている親に対してもその気持ちや背景を想像し、理解を示し、励まし、支える雰囲気があることが、必要な時に必要な支援を利用することにつながる。

 虐待のある家庭では、「このことを誰かに言ったら許さない」「人に言えば、お前は家族を壊すことになる」などと親が周りの目を気にして子どもを脅していたり、子どもも「大ごと」になるのを恐れていたりする。今の世間には、いっぱいいっぱいいで悩んでいる親が「子どものこと、イライラして叩いちゃったんだよね」と、友人に相談することもできなくなるような空気が充満していないか。子育てに関する悩みを児童相談所に相談するハードルはそもそも高いのに、全件警察に共有となれば、気軽に相談できなくなる親もいるだろう。

 親を責めることよりも、「子育てや家族との関係は誰しもが悩むもの」という当たり前のことを共有し、「相談していいんだ」と思える雰囲気を作ってほしい。

 子どもが関わる問題は「児童相談所や警察が保護すれば終わり」というものではない。保護された後、子どもたちが何を聞かれ、どんな手続きを踏み、どんな所でどんな生活を送ることになるのか――。先に挙げた一時保護所の実態や、児童福祉施設内での虐待の問題、里親の不足、非行に関わりやすいハイティーンの子どもたち(若年妊娠のリスクも高い)の行き場がないこと、子どもたちが人権や暴力、対等な関係性について学ぶ機会がないことなどにも目を向けるべきではないか。

 問題はあり過ぎるほどに、ある。今回の女児虐待死事件をきっかけに「自分にもできることはないか?」と思った人には、まず知ろうとしてほしい。虐待のある家庭に対する想像力を持つためにも、今後議論されていくであろう虐待対策が、根本的な問題を置き去りにすることのないように、その見極めをするためにも。誰かにとって家庭が安心できる場所でないのだとしても、家庭の他に、地域の中に、いくつも「ホーム」に感じられる場所があったらいいと私は思う。

 どんな立場にある人も、誰もが自分が無知であることや見えていないことがあるかもしれないことを意識し、問題が起きた時に誰かのせいにするのではなく、背景を理解しようとする姿勢と、自分ごととして考える姿勢を持つことが大切だと、自戒を込めて伝えたい。

「これだ!」という解決策なんてない。現実に向き合い、考え続けることは時に苦しい。自分の無力さに落胆することもあるかもしれない。だからこそ、さまざまな立場にある人が共に考え、虐待を生まない社会に向けて、家庭を、子どもを孤立させずに地域で支えていくことを始めてほしい。

著者情報

社会活動家

仁藤夢乃

にとう ゆめの

1989年生まれ。中高時代に街をさまよう生活を送った経験から、10代女性を支える活動を行っている。これまでに夜の街でのアウトリーチ、シェルターでの保護や宿泊支援、シェアハウスでの住まいの提供といった活動を展開。第30期東京都「青少年問題協議会」委員。厚生労働省「困難な問題を抱える女性への支援のあり方に関する検討会」構成員を務めた。TBS「サンデーモーニング」にコメンテーターとして出演中。著書に『難民高校生』(英治出版)、『女子高生の裏社会』(光文社新書)。

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