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女性支援から見た能登被災地の今 ~足りない安心への配慮と公助・共助

仁藤夢乃(社会活動家)

災害時に見落とされがちな少女に目を向けて

 2024年1月1日16時10分、石川県能登半島を震源としたマグニチュード7.6、最大震度7を観測する地震が発生し、輪島市や珠洲(すず)市、七尾市、穴水町などを中心に大きな被害をもたらした(令和6年能登半島地震)。被災地では発災から3カ月たつ今も食事を十分にとれず、水も電気もない中で寒さに耐え、先が見えない避難生活を強いられている人たちがいる。さらに追い打ちをかけているのが、国や県、市などの対応だ。自宅が倒壊し、行く当てもない人々が避難所の閉鎖や支援の打ち切りを通告され、食べ物や生活に必要な物品を手に入れられなくなったり、損壊した自宅に戻らざるを得なくなったりという状況にある。

 私たちColabo(コラボ)は、13年前の東日本大震災の時から災害支援の経験を積んできており、中高生世代の女性を支える活動の一環として、今回も震災発生の翌日から被災地の少女向けの物品を募り能登行きを準備。そうして発災から1カ月以上経た2月と3月に、延べ2週間ほど現地に滞在して支援活動を実施した。

 震災後、私はすぐにでも現地へ駆け付けたい気持ちだった。しかし私たちが被災地の少女向けに集めた物品は、「命と生活環境に最低限不可欠な物資」とは違い、なくても生活はできるけれどあれば快適に過ごせ、もらって嬉しく、気持ちがあがるようなものが中心だ。例えば、中高生たちが普段着ているようなデザインやサイズ感の衣類、地震で割れてしまったかもしれない鏡、化粧水やリップクリーム、ハンドクリーム、避難所で生理用品などを持ち歩くのに便利なキャラクターものの可愛いポーチ、お風呂に入れない生活でも髪をとかす時に気持ちよくしてもらえたらと、中高生に人気の髪がサラサラになるヘアブラシなどを用意していた。そのため私たちの出番は、自衛隊や警察による救護や捜索活動、避難所の開設、道路の補修工事などが少し落ち着いてからだと考えていた。

 災害下では、大人たちが必死に生き延びようとしているだけに、子どもたちも欲しいものなどを言い出しづらくなる。「あったらいいな」と感じても、それがないと絶対に生きていけないというものでもなければねだれない、そもそも買ってもらえる状況ではなかったという話を、被災地で出会った少女たちから聞かされたことがあった。

 また、近しい関係性の中では言いづらい悩みや避難生活での不安も、私たちのような「外の人」には話せるということもある。そこで今回も私は、Colaboとして中高生が欲しいと思うようなものを届ける中で、彼女たちのことを気にかけている人がいることを感じてもらったり、つながりを作ったりして長く支えていけたらと考えていた。

被害甚大な能登でバスカフェの活動を

 11年3月の東日本大震災当時、大学生だった私は発災から3週間たった頃に被災地へ入り支援活動を開始した。今回もそのタイミングを見計らっていたが、メディアの報道や現地の方々の発信では、1月半ばを過ぎても最低限の緊急的な対応すら不十分な様子だった。現地の人とやりとりして中高生世代の少女たちの様子を探ってみても、誰も「知らない」という。メディアも支援者も中高生世代の少女や若い女性たちには注目しておらず、女性支援の視点を持っている人も少ない。学校関係者からの情報では、教員たちは自らも被災しながら生徒の安否確認をしたり、授業再開に向けて動いたりしていたが、被害が深刻だった地域では生徒たちの所在さえ未だ把握できていないようであった。

 少女たちの状況を把握している人がどこにも見当たらず、おそらく多くの若い女性が被災地で困っているだろうと想像し、私たちは2月上旬に初の現地入りをした。そうして現地に入って、まず驚いたのはボランティアの姿をほとんど見かけないことだった。震災発生直後から石川県知事が発してきた「能登に来ないで」というメッセージによる影響の深刻さを、身に染みて感じることとなった。

 1度目の滞在では、輪島市、珠洲市、能登町、穴水町の6つの中学校と高校で中高生向けの無料カフェを開催し、教員への物品提供も小中高校合わせて8校で行った。さらに児童養護施設1カ所と避難所20カ所を訪問し、566人の少女や女性たちに物品を届けた。

 私たちが普段、東京・新宿で行っている「バスカフェ」のスタイルで、被災地の学校や避難所で中高生向けに物品を並べ、自由に選んで持ち帰ってもらえるようにした。訪れた中高生たちは、「えっ、これほんとにもらっていいの?」「天国!」「すごい!」などと歓声をあげながら欲しいものを選んでいった。

 生徒たちが服や靴などを試着し、友人と見せ合って「似合う!」「こっちの色はどうかな?」などと言いながら選んでいる様子に、立ち会った先生たちは「震災後初めて生徒たちのこんな笑顔を見た」「今日はみんなが笑顔でよかった」「ほかにも支援物資を持ってきてくれた人はいたけど、生徒たちの反応が全然違う。今日はすごかった」などと話してくれた。中高生たちは、それぞれいろいろなことを我慢している様子で、「うちは(家に住み続けられるだけ)ましだから」とか、「家は行政の調査で『危険』と言われたけれど、住み続けたいし避難所には行きたくない」と話す人もいた。

「この1カ月間大変だったでしょう」と声をかけると涙ぐむ人や、「自営業の両親が失業した」と話す人もいた。中には、家族を亡くしたという人もいた。父親を亡くし、母親と避難所に身を寄せている男子が「お母さんのために何か持ち帰りたい」と声をかけてくることもあった。大切な人や帰る家を失い、日常が壊され、友人とも離ればなれになっている中、子どもたちは親や先生たちが頑張っている姿を見ながら過ごしている。心に傷を抱えながら、いろいろなことを我慢をしている子もたくさんいた。

大人も子どももお腹をすかせていた

 私たちが訪問に際して学校に事前連絡したところ、女子生徒向けの物品提供に積極的でなさそうだったある学校から、「以前生徒にアンケートを取ったが、必要な物はないとのことだった」という話があった。聞けば私たちが訪ねた前日にも下着が届いたが、「欲しがる女子生徒は一人もいなかった」そうだ。しかし訪問当日、Colaboが用意した物品に笑顔になる生徒たちの姿を見て、「こんなに喜ぶなんてすごい! 普段から考えて必要なものがわかっているからこそ」「アンケートではリクエストが全くなかったので、必要なものはないんだと文字通り受け取ったが、実際には必要としているものがあった」と、居合わせた先生が驚かれていた。その学校の生徒たちは、教室に戻った後もテンションが高く、「こんないいことがあるとは!」「今日学校来てよかった!」「人生で今日が一番幸せ」と話していた人もいたそうだ。

 ある男子は「お菓子よりパンが食べたかった」と、用意したパンをすごい勢いで持っていった。避難所では十分な量の食事がとれず、「とにかくお腹が減っている」と話す高校生もいた。お風呂に入れていないから学校には行きたくないという生徒が多く、避難所からだと通学手段も限られるので、登校できているのは全校生徒の3分の1ほど。なので訪問当日に来れなかった生徒たちにも行き渡るように、1人分ずつ衣類や物品を詰めた生活応援BOXを置いていったり、遠距離に避難している生徒のところまで物品を届けに行ったりもした。

 生徒たちを見守っていた女性教員にも物品を勧めると、「避難所では生理用品を男性が管理しているためもらいづらかったり、女性向けの物品が全然手元に届かなかったりする」とか「食べるものが回ってこない」という状況を教えてくれた。とくに「震災発生時に履いていた靴1足しかない」という人が多く、用意していた靴はあっという間になくなってしまい、現地で買い足しても足りないほどだった。先生たちの間でも「バーゲンみたいで楽しい! こんな時間久しぶり」と話がはずんでいたり、「私たちにまで目を向けてくれるなんて……今日のことは一生忘れません!」とまで言う人もいて、子どもたちのみならず大人もみな張り詰めた状態で頑張っておられることを感じた。

 私たちは活動の中で、いつも「選べる」ことを大切にしている。生徒たちの反応を見た先生たちが「選べることが嬉しかったんだよね」と言っていたが、自分で選べることや、女性だけでわいわいやれる時間、自分のために用意されたものがあることの大切さは、大人たちも同じであることを実感した。

著者情報

社会活動家

仁藤夢乃

にとう ゆめの

1989年生まれ。中高時代に街をさまよう生活を送った経験から、10代女性を支える活動を行っている。これまでに夜の街でのアウトリーチ、シェルターでの保護や宿泊支援、シェアハウスでの住まいの提供といった活動を展開。第30期東京都「青少年問題協議会」委員。厚生労働省「困難な問題を抱える女性への支援のあり方に関する検討会」構成員を務めた。TBS「サンデーモーニング」にコメンテーターとして出演中。著書に『難民高校生』(英治出版)、『女子高生の裏社会』(光文社新書)。

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